*本文より一部抜粋(中略・サンプル用に編集している部分あり)
*読みやすいように改行等を変えています



【第一章より抜粋】


「ふぇ?結局、用っていうのは何だったんでふか?」

生クリームとチョコソースがたっぷりと盛られたクレープを口一杯に頬張りながら、運転に集中する土方に視線を流す。

本題を忘れて事に及んでしまったばかりか、無理な体勢で執拗に攻められたせいで意識まで飛ばしてしまい、気づけばすっかり辺りは暗くなっていた。
校舎の施錠を確認して戻ってきた土方に促され、痛む腰を擦りながら車に乗せられると、話の続きをする暇もないまま学校を後にし、羽目を外した詫びだとクレープを買い与えられ、そして今に至るというわけだ。

「あぁ、そのことか。すっかり忘れてた。」

「とんだうっかりさんですね。」

「うるせぇ。」

信号で一時停止すると、かぶりついた際に付いたらしい生クリームをティッシュでさっと拭ってくれる。
そういうさり気ない優しさに女の人は惚れちゃうんだろうな…なんて明後日の思考を巡らせていると、むにーっと頬を抓られた。

「いひゃい、いひゃい!」

「余計なことを考えてる間があるのなら、さっさと食っちまえ。クリームでシートを汚しやがったら後で掃除させるからな。」

そんな真似はしないと抓り返してやろうとしたが、タイミング良く信号が青になったようで、土方はすぐさま視線を前に戻してしまった。


運転する土方の横でもぐもぐと忙しなく口を動かす。
数分もすると、大通りを走っていた車が見慣れた路地へとハンドルを切った。

ここまで来て漸くはて?と疑問が生まれた。

「あれ?もしかして、土方さんの家に向かってたりします?」

「当たり前だろ。他に何処へ帰るってんだよ。」

「えっ、学校で襲われたばかりか、そのままお持ち帰りされるんですか?」

「何馬鹿なことぬかしてやがる。昼間お前の姉貴に、急な出張が入ってしばらく留守にしなきゃなんねぇから、帰ってくるまで預かってくれねぇか、って頼まれたんだよ。」

「はああっ!?」

本人に一言の相談もなく、何時の間にそんな取り決めが交わされたのだろう。
それに、姉の指す『しばらく』という言葉の表すところも気に掛かる。

何日間の出張とわかっていれば、最初からそう伝えてくるはずなのにわざと濁している辺り、数日程度で済む仕事ではないのだろう。
ということはつまり、明日から始まる夏休み、その幾らかを土方と一つ屋根の下で生活していかなければならないのだ。

「姉さんってば、よりにもよって何で土方さんに頼むかなぁ。」

「最初は近藤さんに頼むつもりでいたみてぇだが、その時電話を取ったのが俺だったんでな。そのまま俺が預かることにした。」

「ひどいっ!近藤さんが良かった!」

「近藤さんは週末から旅行なんだよ。たまの長期休暇なんだ、家族サービスくれぇさせてやりてぇだろ。」

痛いところを突かれて言葉に詰まる。
近藤の娘はまだ幼いし、存分に子供に感けてやれなかった前世の彼を知る者からすれば、父親らしいことを思うままにしてあげてほしいという気持ちが先に立つのは、自分も土方も同じことだった。

「し、仕方がないですね。今回は土方さんの家で我慢してあげますよ。」

口では素直に言えないが、土方と一緒にいられる時間が増えてくれるのも悪い気はしない。
夏休みに入れば毎日会えるわけではないし、どうせ仕事仕事で構ってくれずに不貞腐れるのがオチだったろうから、これはこれで嬉しいサプライズとも言える。

「お世話されてあげますから、有り難く思ってくださいね。」

「あぁ、わかったよ。世話させてくれてありがとな。」

撫でるみたくポンポンとやんわり頭を叩かれる。
本心はわかっているから安心しろと言われたような心持ちがして、気恥ずかしさで熱を持った頬を誤魔化すかのように、残っていたクレープの最後のひと欠けに豪快に食らいついた。



〜 中略 〜



「誰かいるな。」

「えぇ、誰かはわからないですけど。」

ドアは施錠されていたし、窓から入って来られるような場所でもない。
一先ず玄関の電気を点けてみる。すると、奥の部屋からカタン…という物音が聞こえた。

持って帰ってきていた木刀を袋から取り出すと、足音を殺して近づいていく。
剣さえあれば、ちょっとやそっとの武器を携帯した泥棒如きに負ける気はしないし、捕まえた後は土方が対処してくれるだろう。


 バタン―――!!


「そこにいるのは誰!隠れてないで出てきなよ!」

不法侵入者が隠れているであろうリビングに駆け込み、殺気の籠った声で威嚇する。
相手は一向に出てくる素振りを見せなかったが、ソファーの影で息を詰めたような声が漏れ出たのを聞き逃さなかった。

「隠れたって無駄だよ……って、え…キミは!?」

栗色の髪に、翠色の瞳。長い髪を高い位置で結った、懐かしい子供の姿。
喉元に突きつけられた木刀に、怯えたように肩を震わせながらも、強い光を宿す瞳は相手に絶対に屈しないという抵抗の意を表している。

(なんで…なんで、こんなの有り得ない。)

むしろ戸惑ったのは自分の方だった。
百五十年以上前に生きていた前世の自分と同じ形をした少年が、目の前に座っていたのだから。


「キミ…沖田総司、なの?」



【第二章より抜粋】


「ひまぁ…。」

「素振りでもしたら?」

「此処で出来るわけないでしょ。狭いし、埃が立つし、家具に傷でもつけようものなら、帰宅早々土方さんの顔が般若と化すよ。」

剣道部の練習も、指導者である近藤が不在であることに合わせて休みなのだ。
外出しない、部活もない、勉強は知らない。こんな毎日ではダラけるなと言われる方が余程難しい。 

テレビを点けても、何処の放送局も馬鹿の一つ覚えみたいに『夏のレジャー特集』や、旅行客へのインタビューを流すばかり。
「夏休みはこんなに楽しいことが沢山あるんだぞ!引き籠っていないで遊びに行けばいいじゃないか!」と喧嘩を売られているようにしか聞こえない。

話し相手が誰もいないわけではないが、現代の高校生と江戸時代の子供では話題が合うはずがない。
余計なことを口走って歴史が変わるなんて大事件が起きたら取り返しがつかないし、そもそも自分と楽しくお喋りするほど自己愛の強い性格ではないのだ。


「そうだ!」

「?」

面倒を見ろ、目を離すな。
その二つさえ守っていれば、何も一日中家の中に閉じ籠っている必要はないのかもしれない。

自由に動き回れるけれど適度に閉鎖的な空間。涼しい場所があって、稽古も出来る。土方もいる。
全てが当てはまる絶好の場所があるじゃないか。

(たしか今日は、左之さんと源さんと島田さんくらいしか出て来ないって書いてあったし、生徒に鉢合わせるくらいなら何とでも誤魔化せるか。)

先日こっそりと拝借した出勤表の内容を思い出しつつ、浮かび上がった妙案に口端が吊り上がる。
新しい悪戯を実行する時のような高揚感が全身を駆け巡って、嬉々とした表情で勢いよく身体を起こした。


*****


「ここが、近藤さんの創った…寺子屋?」

「学校だよ、薄桜学園。近藤さんは此処で一番偉い人なんだ。生徒皆に優しくて、高い理想と志を持っていて…。そんなところは、今も昔も全然変わらない。唯一欠点を挙げるとしたら、良い人過ぎて経営者には向かないってところかな。」

そこを補ってくれる誰かさんがいるからやっていけるんだけどね。と苦笑いしながら、職員玄関の方へと向かう。
一応制服で来たが、上履きを持ってくるのは些か面倒だったので、彼の分と一緒に来客用のスリッパを拝借する気満々だ。



「総司じゃねぇか。部活もないっていうのに一体どうしたんだよ。」

「こんにちは、左之さん。家に籠っているのがあまりにも暇だったんで、誰かさんのお手伝いでもしてあげようかなーなんて。」

「おいおい、悪戯は程々にしてくれよ。とっばちりを受けるのは俺達なんだからな。」

「それは難しい相談かな。僕正直者ですから、相手に手を抜くなんて器用な真似出来ないですし。」

どの口が言ってんだ、と原田が苦笑する。
親しげに会話する二人を複雑な眼差しで見つめている傍らの少年に目を向けるなり、一転、驚いたように素っ頓狂な声をあげた。

「うおっ!?総司、お前弟がいたのか。俺はてっきり末っ子だと…。」

「末っ子ですよ。この子は弟でも親戚でもないです。まぁ…血の繋がりはありますけどね。ある意味すごーく近い繋がりが。」

「まさか、『出来ちまった』のか…?」

「左之さん、それはいくらなんでも有り得ないでしょ。あれ?もしかして土方さんから何も聞いてません?」



〜 中略 〜



原田は子総司から自分へ視線を上げると、空気を和ませるかの如くこんな茶々を入れてきた。

「なるほどな。酒の席でべろんべろんになった土方さんが、口々に言ってた惚気の意味が漸くわかったぜ。」

「惚気って何のことです?」

「『ガキの頃の総司は可愛げがなくて可愛かった』ってな。」

「なにその矛盾、ばっかみたい。」

「危なっかしくて放っておけなかったってことだろ。ま、それは今も昔も大差ねぇか。」


あまり困らせてやるなよ、と去り際に付け添えると、子総司にしたように自分の頭もわしゃりと撫でて、そのまま原田は保健室の方へ行ってしまった。





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