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私が死んだ日

「…やっぱり、ね…先輩!
私外回りしてきまーす!」

「はぁ!?ちょっ日比野!」

警視庁捜査一課、強行犯係。

そこが私が卒業後、交番勤務を経て希望して配属された部署。
三ヶ月前から連続して起こる通り魔事件。

無差別に女性を襲う犯人は、既に7人もの女性に怪我を負わせていた。犯人は絞りきれず、容疑者も浮上していない。
そんな困難な事件が私の担当するヤマ。

そんな中被害女性から貰った貴重な情報は犯人を特定する重要なものであった。


泣いていた被害者に「必ず捕まえる」と言って二ヶ月もたってしまった。

杯戸町に向かい、犯人だと思われる女を発見した。つばの広い帽子に大きめのサングラス。
派手な赤いヒール。

女は170を超える長身。
目撃証言で170センチより大きいという点はクリア。
残りはこの女の動向に秘密があった。

情報屋が言うには「女は男装を良くしている」ということ。
職場は男装喫茶らしい。
今の姿を見る限りそんな風には見えないが。

彼女が出勤したことを確認して店舗へ入る。

「おかえりなさいませ」

ニッコリと笑って出迎えたのは女顔の少年、と言って差し支えない程度の男装した少女。
彼女が初めての今回の被害者で、情報提供者だ。

「お席にご案内いたします」

そう言って席で渡された紙には

ロッカーに血のついた男物のコートがあった、ということと自分が襲われた際に見たものに間違いない。ということ、そして何より、今日は遅番である。ということ。

「ありがとう」

1時間ほど過ごした後、本庁へ戻る。


「連続通り魔事件、犯人と思われる女を見つけました」

「女?犯人は男だろう」

上司は怪訝そうにしている。

「そう見えて仕方ありません。
彼女は男装していましたから。
情報源は第1の被害者、川崎凛子さん。

彼女は男装喫茶でバイトをしているんですが、特徴にぴったり当てはまる女性従業員がいるそうです。
名前は、折井疾風。23歳
これが普段の姿、こちらが男装後。
そして、先ほど聞いたことによれば、彼女のロッカーに血のついた男物のコートが発見。
犯行日時はいずれも折井が遅番の時、彼女が休憩中。どの日を見てもアリバイはありません」

「…間違っていれば名誉毀損も免れないぞ…」

「覚悟の上です。今日の夜で終わらせます」

新人である私の情報から多くの先輩、上司が情報を洗い出した。

─────喫煙所

「よう日比野」

「あ、松田ァ?」

「なんか一課が騒がしいが?」

「今から確保だからねぇ
あんたんとこはどうよ?」

「まぁ俺らは爆処理だからねぇ
あんまりねぇよ」

「うわ!萩原じゃん」

「えっ何それ酷くね?」

「急にきたからビビるわ」

「えー」

「はぁ…ま、気ぃつけろよな」

「分かってるって〜
今度いつものメンツでご飯いこ!」

「おー班長に企画させるか」

「だな」

「ははっんじゃーね」

「おうまた空いてる日連絡しろよ」

「おっけー」

──────────

今日可能性がある限りは向かう。
警戒されないように2人1組で張り込み、動向を伺う。
川崎さんが休憩の時間をメールしてきた。

「先輩、そろそろ出てくるそうで…!きた…」

男装した折井は昼間の雰囲気はなく、黒の革靴、赤茶の短髪で出てきた。

手には布。

あとを着ければ児童公園のトイレへ入り、出てくれば間違いなく目撃証言と一致する出立ち。

ベンチに腰掛ける折井はタバコを吸っている。
近くを女が通る。

「動きます」

立ち上がった折井が一直線に女に向かう。

「…!ひっ!」

「っ確保!」

私が折井の前に回り込み、先輩が女性をひきはなす。

「邪魔をするな!!!」

と叫びながら、振り上げられたナイフを持つ腕を掴んでナイフを落とす。

「な、なんなのよ!?」

「っ大人しくしなさい!」

暴れる折井を押さえ込み、通りかかった女を見れば折井を見て目を見開いていた。

「っあんたが、あんたがあたしの人生をめちゃくちゃにしたのよ!」

折井が叫び、女を睨みつける。

「折井疾風、傷害の容疑で逮捕しま────!?」

近づいてくる女の手に見えたのはナイフ。
咄嗟に折井の前に立つと、

ドスッ

と背後から脇腹に鈍い痛みが走る。

「日比野!!」

「っ…」

立ってられずに膝を付く。

「あんた…」

「あーあ、邪魔しないでよ…」

「動くな!」

「っ…まさか…」

「疾風は私が殺してあげるんだから」

その言葉に意識は沈んだ。



──────────

目覚めたのは白い空間。

「…ここ、わたし…」

周囲を見回して起き上がる。
体は軽く痛みもない。

「起きたか」

「…えっと、あなたは…」

髭を生やした壮年の男性が立っている。

「私は川路利良だ」

かわじとしよし……?

!?!?

川路利良!?!?

「って、しょ、初代警視総監…!?」

いやいや、まさか…!

「信じられんかね?」

「そりゃあ…!だって川路利良なんか明治の、明治維新の志士ですよ!?」

「うむ、まぁそうだなぁ…
だが、ここは現世ではない」

「現世…?」

確かに、ここは真っ白な空間で右も左も、上も下も分からない。
確かにここに座っているのに床があるようにも感じられない。


「単刀直入に言おう。
君は、死んだ」

ずしっと重いものが肩にのしかかったような感じがした。

分かっていた。
傷も痛みもないのを目を逸らしていた。

「…じゃあ、あなたは本当に、あの、川路利良大警視なんですか…」

「理解が早くて助かる」

「…申し遅れました。
私、警視庁捜査一課強行犯係、日比野咲良巡査であります」

ゆっくりと立ち上がり、警視総監に向かい敬礼をする。

「硬い挨拶はいい。
知っている。上から報告は回ってきているからな。だが、一つ訂正を入れよう。
日比野 咲良『警部補』」

「…警部補…?」

私の階級は巡査のはず。
巡査部長昇進試験はもう少し先だったし受けていない。

「下を見てみろ」

「え?」


下に広がるのは私の葬儀。俗に言う警察葬だ。

両親、友人、親戚が泣いて送り出してくれていた。
葬儀には当然だが、上司や先輩、一課長に管理官、警視総監までも来ており、同僚も涙は見せずとも苦い顔をしている。

「あ、萩原に松田…ご飯の約束したのになぁ〜…伊達だ…相変わらず仏頂面…」

変わらない同期の顔、しかし、顔は見たことがないほどに硬い表情をしていた。

「……降谷…忙しいくせに…来てくれたんだ…
ははっ結局最後まで勝てなかったなぁ…」

降谷は奥歯を噛み締め、手を固く握っていた。
順番に焼香をして葬儀は終わる。
身内以外では警察官として制服で埋め尽くされた葬儀場。

「…」

みんながみんな、暗い顔で、唯一笑っているのは私の警察手帳から使ったであろう遺影の前に立つ母の持つ写真だけだった。

泣いている両親をはじめ、親族に頭を下げる上司や先輩、彼らも苦しげに俯いている。

自分の葬式というのは、ここまで苦しいものなのか。
犯人を見誤り、いや、反抗をしていたのはあの女に間違いない。しかし、真犯人は襲われた女。その真犯人に刺された実力不足の新人。
そんな1人の出来損ないにここまでの忙しい人が集まってくれたことに、申し訳なさと情けなさが募る。

「…自分の葬儀ってなんか、情けないですね」

「どうして?」

「実力不足の新人が出しゃばった末路、でしょう?」

「なるほど。
ならば、もう一度下を見ろ」

「ええ?」

会葬戒名には『警部補』と、しっかり刻まれていた。

「…あぁ、そうか…殉職で、二階級特進…か…」

情けない死に様の上に、更に図太く特進まで。
情けなさすぎて口から笑いが漏れた。


「自嘲しているのか」

「…これが笑わずにいられますか…?」

「…未練があるか?警察官として」

そんなの、もちろん。


「あるに決まってます。
私は、こんな風になるために警察官になったんじゃありません」

ニヤリ、と警視総監が笑った。

「私の目に狂いはなかったな。
ならば、もう一度警察官としての職務を果たせ。日比野警部補」

「…え?」

「天界にも警察は存在するんだ
もちろん、地獄にもな」

天国に警察…?

「私は地獄の閻魔とその補佐官から天国の警察の運営を任されている。
勿論、基本は希望者と元警察官を私が人材発掘をしているが」

「ちょっちょっと話が…」

「むふ、私のことを知っていたからこういった方がいいか。

日比野咲良警部補!
天国警察に所属し、現世で出来なんだ職務を警察官として全うせよ!
これは警視総監命令である!」

「は、はい!」

ビッと敬礼をして、警視総監から渡された警察手帳を手に取る。

「これは…」

渡された警察手帳は桜の紋が重々しく付けられており、改めて、この紋の重さを感じた。


私が死んだ日


そして死なない私が生まれた。

*

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