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監督室、と書かれた扉の前で立ち止まり戸を三度叩く。
どうぞ、と低く響く声が一言扉越しに届いて失礼します、と一言返しノブを捻って力を込める。
監督室の奥に座る男、青道高校野球部片岡鉄心監督。
元青道高校エース、プロ入りを蹴り母校に恩返しがしたいと教師として着任し数年前コーチから監督に就任した。
サングラスをしていて常に厳つい。
「お疲れ様です。今日からマネージャーとして入部しました咲良有澄です」
「あぁ、話は聞いている。
…いきなり聞くのはどうかと思うが、女子野球に行かなくてよかったのか?」
本当にいきなりだ。
「はい。私の目標は飽くまでも甲子園です。
私がそのグラウンドに身を置けるかどうかは別として」
「そうか。
今日からマネージャー業と別に頼むことになる。
頼んだぞ」
「こちらこそ。
異例ではあると思いますがお声かけありがとうございます。では、失礼します」
「咲良」
監督に背を向けた時、声をかけられ反射的に振り返る。
「後悔はするなよ」
「…えぇ、しませんよ」
これは、プロを蹴った監督だからこその言葉なのか、それとも指導者としての言葉なのか。
───────────
「クリス君、悪いんだけどキャッチャー陣とピッチャー陣集めてくれない?
…1年生もね」
「はい」
高島の一言に2年、正捕手の滝川・クリス・優が返事をし、バッテリーを組む3年のエースと控えピッチャー、同学年の二軍ピッチャー丹波、そして3年の控えキャッチャー達に、二軍キャッチャー宮内、
そして先日入部した1年のピッチャー「志望」を川上を中心に数名、キャッチャー志望の御幸をブルペンに集結させた。
「それで…ここまでの人数を集めてなにを?」
「多分、御幸くんとクリス君に関しては見たらわかると思うけど…咲良さん」
高島が扉へ声をかけるとプロテクターを手に持った有澄がブルペンに来た。
「…え、新入部員…ですか?」
御幸は顔を歪め、クリスは目を見開く。
それ以外の部員は知らない生徒の登場に状況が分からない。
少なくともジャージを着ているから部員なのだろうが、中性的な顔立ちに短い髪、スタイルは細いが長袖長ズボンなジャージ姿に性別は不詳、といった印象で、
この生徒が男子なのか女子なのか、選手なのかマネージャーなのか区別がつかない。
制服を着ていれば分かったろうが───────それも上半身だけを見ればきっと彼らは男と判断するだろう。
「お前…咲良有澄か?」
「あはは、お久しぶりです滝川さん」
ガシャッと音を立てて地面へとプロテクターを下ろした。
「…"彼女"は咲良有澄さん」
「彼女…ってことはマネージャーですか?」
「えぇ、一応ね。
で、投球練習専属での捕手も受け持って貰うつもりよ。
監督も承知済…というか、監督の指示で」
「えぇ…でも、女子っすよね?
危ないと思いますけど」
戸惑いと心配は最もで、3年をメインに意見を言う。
しかし、リトル時代の彼女を知る御幸とクリスは心配していない。
「大丈夫…じゃないですかね。
知りませんか?荒川リトルの正捕手、咲良有澄」
「荒川リトルの正捕手って…あっ!あのモテまくってた4年!」
宮内の一言に3年生も幼少期のことを思い出す。
勿論、関東圏の出身の者だけだが。
「えっ、あ、あの無駄に女の観戦が多かった!?」
「てかマネージャーって…」
「怪我?」
「シニアでは見なくなったよな?クリス?」
「あぁ、咲良は女なんでシニアで辞めた、って聞いてたな」
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