この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば
翌朝
「…」
麻衣は体が重く感じていた。
時刻は七時をすぎようとしており、起床せねばならないことは頭ではわかっている。
しかし、何かが乗っかっているような、妙な息苦しさに起き上がることが辛かった。
「麻衣〜!いい加減起きなさいよ!」
と、体を揺するのは化粧も済ませた綾子。
「う、うん…っ」
「…なに?体調でも悪いの?」
額に手を当て、熱を測る。
その様は母の様で、ふっと少しだけ体が軽くなった気がした。
「…熱はないわね…ちょっと寝てる?
体調悪いなら無理にベースまで出てくることないわよ。さっき真砂子も到着したし…」
起きねばならない。
何より、昨晩のことをナルや葵、リンといった上司に報告せねばならないからだ。
そこに真砂子がいるのならば尚更。
彼女は強い思いを持った霊魂に対しての霊視が得意である。
昨晩のように自身に語りかけるほどの霊ならば彼女がわからぬわけがない、と麻衣は重い体を引き起こし、綾子にあとから行く、と先に行くよう促した。
───────────
十数分後、麻衣がベースへ顔を出せば綾子が先に行き、体調が悪そうだということを言っていた為、ぼーさんジョンには心配されていた。
「おはよ…遅くなってごめんなさい」
「麻衣大丈夫か?無理すんなよ」
「しんどなったらすぐ言うてくださいね。
無理は禁物ですさかい」
と、体調を気遣う中真砂子と葵は真剣に麻衣を見つめていた。
いや、見つめているのは麻衣ではない。
正確には麻衣の奥にいる何かを、麻衣を通して見ているのだ。
「…麻衣…あなた…」
「え?あっ真砂子久しぶり。そう、みんなに報告なの。夢で女の子にね、助けを求められたの…」
「助け…?」
葵が聞き返せば麻衣はこくり、と頷き昨夜のことを話した。
「…その子は、黒い髪に花柄のワンピースを着た少女?」
「え、うん…そうだけど…」
「葵さん……」
真砂子がそう言って麻衣に近づく。
「真砂子、その子の名前は塚原真理絵ちゃん…浄化はしなくていいわ」
「そんな…この方は苦しんでらっしゃいます!そんな方をあるべき道へ案内するのがあたしく達霊媒のやるべき事ですわ!
真理絵さん、その体からお出になってください。そこにいてもあなたが救われることはありませんわ…
向かう先は────「待ってください。原さん、まだ浄化させないで」っ!ナル…!」
真砂子が浄霊しようと麻衣に触れた時、ナルが待ったをかけた。
「今回の事件には彼女が密接に関わっている。
助けというのは、彼女自身を助けろと言われたわけじゃない。彼女の言う"みーちゃん"を救うべきなんだ」
「…しかし…」
「心残りがあるまま浄化なんて彼女のためにもならない。まずは麻衣から出てもらいましょう。
麻衣にずっと憑依させるのは麻衣の身がもたない」
「…真理絵ちゃん。私たちはあなたを救いに来た。勿論、あなたが言うみーちゃんだって…
だから、一度その子から出てもらえないかしら?
その子の体ももたないし、私たちはあなた自身と話したい」
麻衣は途中から夢心地のように意識がふわふわとふらついている。
しかし、
「本当?本当におねえちゃんたちみーちゃんを助けてくれる?」
麻衣の意志とは関係なく口が声を発した。
「勿論。助けますわ。
ですから、麻衣から一度出てくださいまし。
貴方のような方と一体になるのはかなり疲れることですの。大丈夫。もしも、話したい時があるのならば、あたくしの体をお貸ししますわ」
ポンッと肩に手をかけた真砂子の顔を見れば、ふわっと麻衣の意識が遠のいた。
「!出ましたわ」
「っぶね!麻衣…?」
「意識を失ってるだけよ。ぼーさん、悪いけど麻衣を宿直室に寝かせに行ってくれない?
綾子も一緒に。かなり体力を消耗してるから目が覚めるまで着いてて。
ついでに護衛って事で、あ、あと護符も何枚か追加でお願い」
「あんった人使い荒いわねぇ!
しっかたないわね!」
行くわよ破戒僧!と麻衣を抱えたぼーさんを引き連れベースを後にした。
ぼーさんは運べば戻ってくるとして、とりあえずエクソシストのジョン、霊媒が二人、超心理学者が二人と申し分ないメンバー。
「さて、葵入れられるか?」
「ジョンに真砂子、リンなんて一流揃いなら心配ないでしょ。
それじゃ、軽くお話しましょうか。
真理絵ちゃん」
ニヤリと笑ったナルに葵はためいきをつく。
「あんたまさか…
うまく隠れてたこの子がいるのも見てたんじゃないでしょうね?
それで私か麻衣、真砂子の到着後に接触しに来ることまで見越して…」
「さぁ、どうだかな。
憑依されても落とせる人間が揃ってるんだ。
悪くない賭けだろう?」
フッと笑った彼に葵は苦虫を噛み潰したような顔をした。
この世をば わが世とぞ思ふ
望月の 欠けたることも
なしと思へば
「ナルの思った通りに進んでるのが本気で気に食わないわ…」
情報共有のなかったことと、見透かしたような彼に葵が苛立ちを募らせる。
なんだか今この瞬間すら、ナルの思うままのような気がしてきた。
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