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自殺嗜癖(マニア












「……入水……?」

少年が小さく呟いた。恐らく太宰の言葉を反復したのだろう。そりゃ普通はそんな事を云う人間はいない。入水自殺をするにしてもこんな素頓狂な男がいるわけが無い。昔からこの様に飄々と自殺をやってのける。成功率は0%ではあるのだが。奇跡的に。

「知らんかね入水。つまり自殺だよ」

「は?」

少年は混乱している。私自身は呆れを滲ませ本日何度目かのため息を零した。

「私は自殺しようとしていたのだ。それを君が余計なことを……」

やれやれ、とでも言うかのように頭を振る太宰の背に手をかけた。「なら死になさい」と、一言送り川へジリジリと押す。「折角アリスが居るのならば共に心中しようじゃ「するわけないでしょこの快楽自殺嗜癖(マニア!」そんな〜! あっ、ちょ、落ちる落ちる!」

単純な力比べでは男の太宰にはかなわず、腕を引かれれば背は太宰の胸に付いた。

「──まぁ、人に迷惑をかけない清くクリーンな自殺が私の信条だ。だのに君に迷惑をかけた。これは此方の落ち度、なにかお詫びを──」太宰の言葉を遮るかのようにぐううううと響く低い音。太宰と音の発信源である少年へ視線を送った。それを見た太宰はクスッと笑った。何度となく見たその笑い。

「空腹かい少年?」

「じ、実はここ数日何も食べてなくて……」

今度は少年の言葉を遮るかのようにぐううううという鈍く低い音が空間を占めると、私と少年は太宰へ視線を送る。「私もだ。ちなみに財布も流された」「ええ? 助けたお礼にご馳走っていう流れだと思ったのに!」太宰の言葉に反論する少年。私もその流れだと思ったよ。太宰は「?」と疑問符(クエスチョンマークを頭に浮かべると「『?』じゃねぇ!」と思わず怒る少年は「かくなる上は……」と私に視線を固定した。仕方が無い。私が多少ならば奢ってやろう。同僚であり……少年の前では認めたくはないが婚約者であるこのバカ男が、迷惑をかけたのは事実なのだから、とため息を吐き出した。

しかし、その視線を遮るように太宰は私の目に手を当てた。前が見えなくなり、「ちょっと太宰!」拳を緩く鳩尾に何度か打撃(パンチを送る。痛がる素振りもせず太宰は話を続ける。

「少年、いくら腹が空いていても男ならば女性に集るのはやめた方がいい」

あぁ、別に女性至上主義な訳では無いよ。と前置きをして言葉を続ける。「男のプライドはまだ捨てるには早いよ。まぁ、何より……」と言葉を区切り私の目を隠していた手を外して無駄に私の体を引き寄せた。

「私の愛するアリスに恩義を感じて横恋慕されても困るしねぇ」

ガッチリと私の体を固めていう言葉ではない。その時だった。

「おーい!!!」

と聞き覚えのある大声が対岸から聞こえた。「こんな処に居ったか唐変木!」国木田くんが怒声を響かせる。

「おー、国木田君ご苦労さま!」

太宰は悪びれもせず国木田くんに返事をした。その言葉に国木田くんは激昂する。

「苦労は凡てお前の所為だ自殺嗜癖(マニア
お前はどれだけ俺の計画を乱せば──」

「そうだ君、いいことを思いついた。
彼は私の同僚なのだ。彼に奢ってもらおう」

哀れ国木田くん。

「聞けよ!」

無視された国木田くんは太宰に向けてまた怒声を投げた。対岸にいることで普段のように実力行使に出れない国木田くんには現状では圧倒的不利。

「君、名前は?」

そういえば、少年の名を聞いていなかった。太宰の問いに思い出した。

「中島……敦ですけど」

「ついて来たまえ敦君。何が食べたい?」

体を解放され、私もそれに続いて歩く。

「食べたいものが決まっているならおすすめのお店へ連れていくわよ。国木田くんが奢るならそこそこの店でもいいわね……」

「はぁ……あの……」

照れたように敦くんは言葉を区切ると、所望する料理名を口にする。

「茶漬けが食べたいです」

太宰が敦くんを見て目を見開き、私も少し硬直した。数日食事にありつけず、空腹に苦しんだ少年が所望するのは質素な茶漬けであるという事実に驚きを隠せずにいた。しかし、それも数秒。すぐにぷっ、と太宰が吹き出した。

「はっはっは! 餓死寸前の少年が茶漬けを所望か!」

「分からないでもないわよ。そういう時こそ食べたい物は高級なものじゃなくて普段食べるものなのよね……」

無性に食べたくなる時がある。何時でも食べられる物。手の込んだ物より、意外とサッと作れるものの方が空腹を満たすばかりか、幸福を与えてくれる。
普通という幸福を。微笑ましく見てれば太宰は「良いよ。国木田君に三十杯くらい奢らせよう!」「そうね! 少しお高めのいい茶漬けにご案内するわ」と上機嫌にいえば向こう岸で「俺の金で勝手に太っ腹になるな! 太宰! 森!」とまた怒鳴った。よく聞こえるな。

「太宰? 森?」

と、敦くんが引っかかった国木田くんの言葉を繰り返した。そう言えば私が言っていた時は話の渦に巻き込まれて気に止まらなかっただろう。

「あぁ、私の名前と、彼女の名前だよ
太宰。太宰治だ」

「森は私の苗字よ。森……森アリスよ。
宜しくね、敦くん」

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