ウィラザウィスプに誘われて
(3/9)
「…あら?」
伏せた目を上げると知らない場所に立っていた。
薄暗く霧の濃い不気味な場所だった。1メートル先も満足に見えない。
自分以外の人間など存在しないかのような静かで侘しい街。
もちろん隣にいるはずのコージもいない。
「なに…?なんの冗談どすか…?コージはん?」
事態が飲み込めずおろおろしていると、ふいに目の前に少年が現れた。
「え?…え?」
「お兄ちゃん、ひとり?」
「なんやの…これは…」
「ねぇ、ひとりならさ、僕と遊んでよ」
少年はにこにこと可愛らしい笑顔をみせた。
赤茶色の短髪に切れ長の瞳。赤いローブを羽織り、手には石炭を詰めたランプを持っていた。
「ねぇ、遊ぼうよ、いいでしょ?」
「わては用事がありまっさかい友達と遊びなはれ」
「友達なんかいない」
「…友達いてへんの?ひとりも?」
「いないよ、ずっと一人だよ」
「それは…寂しおすなぁ」
ふと、師に引き取られる前のことを思い出す。自分もずっと一人だった。
同じ年くらいの子ども達の笑い声を遠くに聞きながら、ひとり屋敷で涙した日もあった。
アラシヤマが同情の目を向けると少年はにやりと笑った。
「お兄ちゃんもひとりなんでしょ?」
「は…?」
「そうだよね、だってここには僕らしかいないもの」
「……」
「でも僕はここ嫌いじゃないよ。お兄ちゃんもそうでしょ?」
少年の無垢な瞳に捕らわれる。
アラシヤマが答えられないでいると、少年は満足そうに笑った。
先ほどとは違う、病んだ笑み。
「誰もいないなんて素敵だよね、煩わしいことなんて何もないんだよ。
みんな消えちゃった。お兄ちゃんの望んだ通りだよ」
何もかも見透かしたような言葉に背筋が凍った。
「あんさん…一体誰やの…?」
「僕?僕はね……――――」
木枯らしが一陣、大きく吹き抜けた。
***
一緒にいた同僚とはぐれて、コージは焦っていた。
「どこ行ったんじゃあいつは…」
あのしっかり者のアラシヤマが突然どこかへ行くなんてことがあるだろうか。
ミヤギやトットリならまだしも、彼はそんな身勝手な行動はしない。
協調性はないがその辺は誰よりも常識を持っている男だ。
アラシヤマが自分の意志で行動したのではないとしたら、彼の身に何が起こったのだろう。
考えていると頭痛がしてきた。もとより頭を使うのは得意ではない。
とりあえず携帯で連絡を取ろうと思いポケットを探る。
しかし画面を開いてアドレス帳を呼び出したところでぴたりと手が止まった。
「あいつの番号登録しちょらん…」
コージは携帯をそそくさとポケットにしまって歩き出した。
連絡手段がないのであれば足で探すしかあるまい。
しばらく行くと道の真ん中で子どもが蹲っていた。
艶やかな黒髪で右目を覆った独特の髪型。隠れていないほうの瞳は涙で濡れている。
赤いローブを羽織り、手には石炭を詰めたランプを持っていた。
「おい坊主、どがぁしたんじゃ?」
「…うぅ…ひっく…あのね、道が分からなくなっちゃったの…」
少年は泣きはらした顔を上げて言う。
こすり過ぎて赤くなった目元。随分長い間こうして泣いていたようだ。
「ほうか、そりゃ難儀じゃったの。もう泣くな、わしが送っちゃるけん」
「ほんと…?」
「おう、わしゃ嘘はつかん」
にかっと笑って頭を撫でてやると、少年は安心したように微笑んだ。
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