優しい屋上
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むっとした顔で見つめていると、シンちゃんは居心地悪そうに顔を背けた。
それから急にすくっと立ち上がって、まっすぐ僕を見て言った。
「俺以外の奴に泣き顔なんか見せるなって言ってんの!」
風がぴたっと止んだ。…気がした。
空は気味が悪いほど青くて、雲はいやになるほど白い。
それは当たり前のことなのに。
「…なんで」
「なんでも」
「意味わかんない」
イヤホンから流れる音楽が聞き苦しい。
僕らを包むあたたかい風はうっとうしい。
この感覚はなんだろう。
あんなに心地よかった屋上が、違和感だらけのへんてこな世界になっちゃった。
「…もういい。次会うときまでにその泣き虫なとこなおしとけよ」
「待ってよ」
「んだよ」
「餞別もらいにきたんでしょ?だったら約束をあげる」
ああ、そうか。わかったぞ。
この違和感の原因。
空が青すぎるんだ。
「約束ってなんだよ」
「あのね、もう泣かないよ」
雲は白すぎるし、音楽は愉快すぎるし
風は気持ちが良すぎるんだ。
この屋上は、優しすぎるんだ。
「約束するよ。シンちゃんが戻ってくるまで、泣かない」
「…俺が戻ったらどうすんだよ」
「シンちゃんの前だったら泣いてもいいんでしょ?」
にっこり笑って言うと、シンちゃんは驚いた顔をしていた。
風が僕らのあいだをすり抜けた。
それで納得したのか、シンちゃんが笑う。
いつもの意地悪な笑顔じゃなくて、僕が大好きな明るい笑顔。
どうやら約束は成立したらしい。
「じゃあな、グンマ」
「うん、またね」
ほんのちょっとのお別れ。気休めの約束。
だけど僕らには、それで十分。
空は当たり前のように青くて。
雲はいつものように白い。
耳障りの良い雑音と、和やかな春風。
シンちゃんがいなくなった屋上は、泣きたくなるほど優しくて。
いたたまれなくなって僕は駆け出した。
end
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