優しい屋上
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「な、グンマ」
「うん」
ずっと黙っていたシンちゃんがようやく口を開いた。
いつもと変わらない調子で、だけどどこか変な感じで。
「なんかくれよ」
「なんかってなに」
「なんでもいいからさ」
「意味わかんない」
ほんとはシンちゃんが何をしにきたのか知っていた。
だけど僕は気づかない振りをする。
シンちゃんはちょっとだけバツの悪そうな顔をした。
「高松から聞いてんだろ」
「なにを」
「俺が叔父さんと修行に行くって」
「うん」
「そしたらしばらく会えねーじゃん」
「そうだね」
「だから、なんかくれよ」
「なにももってないよ」
シンちゃんは、分からず屋だな、と言って舌打ちをした。
どうしてシンちゃんがむくれるんだろう。
叔父さまのところへ行くのはシンちゃんが決めたことなのに。
おいていかれるのは僕なのに。
「んじゃあ、ま、なにもくれなくていいけどよ」
「うん、あげない」
「…いちいちむかつくんだよお前は!」
ごっ、と僕の頭がにぶい音を立てる。
僕は痛みで飛び起きた。
シンちゃんの拳は加減ってのを知らない。
少しは大事にしてほしいよ。
ばかになっちゃったらどうしてくれるのさ。
「ぶわぁ〜〜んシンちゃんがぶった〜!ひどいよぉ」
大げさに泣いてみせる。僕がどれだけ痛かったかの表現だ。
でもやっぱりシンちゃんは気にした風もなく、うるせぇ、とまた舌打ち。
ほんとにひどい。
ま、いつもどおりのやりとりなんだけど。
と思っていたら今日はなにか違った。
シンちゃんがちょっと俯き加減で変なことを言ったんだ。
「…泣くなよ」
一瞬、シンちゃんが何をいったのかわからなかった。
だっていつも僕を泣かせているのはシンちゃんでしょ?
なんだか変な空気だな。
僕もシンちゃんも、いつもと違う。不自然な感じ。
だけどその原因はわからない。
僕はそれが気持ち悪くて、いつもどおりを演じようと思った。
「だれのせいなのさ」
「俺のせいでいいから、もう泣くなよ」
「俺のせいでいいって、シンちゃんのせいじゃないか」
「うるせぇな、俺がいないあいだもそうやってびーびー泣くつもりかよ」
「だから、どういう意味さ」
なにを勝手にイライラしているんだろう。
シンちゃんはいつもそう。
勝手に理屈を立てて勝手に怒っている。
言ってくれなきゃわからないよ。
いくら僕の頭が良くても人の心までは読めないんだから。
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