優しい屋上

(2/3)


「な、グンマ」

「うん」


ずっと黙っていたシンちゃんがようやく口を開いた。
いつもと変わらない調子で、だけどどこか変な感じで。


「なんかくれよ」

「なんかってなに」

「なんでもいいからさ」

「意味わかんない」


ほんとはシンちゃんが何をしにきたのか知っていた。
だけど僕は気づかない振りをする。

シンちゃんはちょっとだけバツの悪そうな顔をした。


「高松から聞いてんだろ」

「なにを」

「俺が叔父さんと修行に行くって」

「うん」

「そしたらしばらく会えねーじゃん」

「そうだね」

「だから、なんかくれよ」

「なにももってないよ」


シンちゃんは、分からず屋だな、と言って舌打ちをした。
どうしてシンちゃんがむくれるんだろう。
叔父さまのところへ行くのはシンちゃんが決めたことなのに。
おいていかれるのは僕なのに。


「んじゃあ、ま、なにもくれなくていいけどよ」

「うん、あげない」

「…いちいちむかつくんだよお前は!」


ごっ、と僕の頭がにぶい音を立てる。
僕は痛みで飛び起きた。
シンちゃんの拳は加減ってのを知らない。
少しは大事にしてほしいよ。
ばかになっちゃったらどうしてくれるのさ。


「ぶわぁ〜〜んシンちゃんがぶった〜!ひどいよぉ」


大げさに泣いてみせる。僕がどれだけ痛かったかの表現だ。
でもやっぱりシンちゃんは気にした風もなく、うるせぇ、とまた舌打ち。
ほんとにひどい。
ま、いつもどおりのやりとりなんだけど。

と思っていたら今日はなにか違った。
シンちゃんがちょっと俯き加減で変なことを言ったんだ。


「…泣くなよ」


一瞬、シンちゃんが何をいったのかわからなかった。
だっていつも僕を泣かせているのはシンちゃんでしょ?

なんだか変な空気だな。
僕もシンちゃんも、いつもと違う。不自然な感じ。
だけどその原因はわからない。
僕はそれが気持ち悪くて、いつもどおりを演じようと思った。


「だれのせいなのさ」

「俺のせいでいいから、もう泣くなよ」

「俺のせいでいいって、シンちゃんのせいじゃないか」

「うるせぇな、俺がいないあいだもそうやってびーびー泣くつもりかよ」

「だから、どういう意味さ」


なにを勝手にイライラしているんだろう。
シンちゃんはいつもそう。
勝手に理屈を立てて勝手に怒っている。
言ってくれなきゃわからないよ。
いくら僕の頭が良くても人の心までは読めないんだから。



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