ここからはじまる

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することもないのでぼんやりと行き交う人々を観察する。
時間のせいか場所のせいか、人ごみとまでは行かずとも、通行人は多い。
そしてその大半がこちらへ一度は視線を寄越す。
正確にいえば、通行人の女性のほとんどが隣にいる根暗な同僚を見つめては何か言い合いながら通り過ぎていく。
団内では存在すら無視されているというのに、街へ出るとこれだ。
トットリは少し視線をさ迷わせてから、ためらいがちに、今まで見ないようにしていた妙に和装の似合う同僚を横目で眺めた。
三つ紋付の長着に羽織。仙台平の袴。濃い青紫で統一された着物は彼によく似合っている。
認めたくはないが、やはりアラシヤマは綺麗だ。
思えば士官学校の頃から彼は飛びぬけて美しかった。
それは顔立ちやボディバランスの良さだけではなく、彼が持つ気品としなやかな仕草のためだった。
女性のようにしなやかで、けれど女性のものとは別の、彼特有の気品。
仕官学校時代から、誰もが彼の優雅さを認めていた。クラス内ではそれなりに人気があったと思う。…人気者、というのではなく別の意味で。
ただ彼を褒めようにもプライドが邪魔をするし、彼への好意を示そうものならからかいの標的になってしまう。
だから誰も、彼の見てくれに関する評価は率直に言葉にはしなかった。
一人を除いては。

「アラシヤマ!今日はいつにも増して色っぽいのう」
「コージはん…新年最初の挨拶がそれでっか…」
大声で名前を呼ばれて目を覚ましたのか、アラシヤマが苦笑しながら顔をあげた。

「ははは、すまんすまん。あけましておめでとう、が先じゃな」
「おめでとさん。5分遅刻でっせ」
「おう、すまんかった。道が込んどったんじゃ」
「さよか」
「それより、ぬしゃあやっぱり和服が一番似おうとるのう」
「そらどうも」
コージだけは昔からアラシヤマを褒めることに抵抗がないらしい。
嫉妬だとか劣等感だとか、ほとんどのクラスメイトが持っていた彼へのマイナスの感情が、コージにはないのだろうか。
世辞や社交辞令など相手にしないアラシヤマも、コージの言葉にだけは気まずそうに顔を背ける。
そういうところは、少しずるいと思う。

「髪も切ったんじゃな。そっちの方がええわい、美人がよう見える」
「あんさんも…えらいばっさりいってしもたんどすなぁ。びっくりしましたわ」
「ちいと伸ばしすぎとったけんの、軽うなったし、すっきりしたわい」

がははは、とコージが豪快に笑う。
それからまた彼が何か言うと、アラシヤマははにかむように笑ってみせた。
アラシヤマのあの表情はコージといるときにしか見られない。

トットリはつまらなそうに、黙って二人を眺めていた。
それに気がついたのか、コージはトットリにも笑顔を向けた。

「トットリ!ぬしにゃあまだ新年の挨拶しちょらんかったかの」
「…あけましておめでと、コージ」
「おう、今年もよろしくの」

言いながら、コージはトットリの短く切りそろえられた癖の強い髪をくしゃくしゃと撫でた。
大きな手を振りのけて見上げると、コージが笑っている。
その屈託のない笑顔をみて、トットリは胸の奥に募る得体の知れない悔しさのことは忘れることにした。
それが09時05分のこと。



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