「羊」「ブランド」「作詞」

 言葉を紡ぐとはよく言ったものだ。くるりくるりとペンを回しながら独りごちる。紡ぐと言えば連想されるのは糸と言葉だが、その両者には如何ともし難い隔たりがあるのだと、先人たちは考え付かなかったのだろうか。人間、言葉を使うことは簡単にできても紡ぐとなると難しい。意思表明の上に、更に表現という、何とも言えない物が乗っかっている。対して、糸を紡ぐという行為は基本的には作業だ。羊毛にしても麻、絹、木綿、どれをとっても作業である。そこに表現と言う行為は含まれてはいない。それなのに、同じ紡ぐという語を使うのは妙ではないのか。
 そんなことを作詞の合間に考えて、溜息を吐く。そんなことを考えていても一行も仕事は進まないし、ひいては給料が危うい。そういう意味では"言葉を紡ぐ"ことも作業だな、と自嘲する。作業机の前に座って10時間、いい加減集中も切れてきたし、気分転換を図るのがいいかもしれない。卓上のデジタル時計を確認して、今が昼間だと知る。日も昇らない早朝に起きだしてからずっと、カーテンも開けていなかった。立ち上がってばさりと厚手のカーテンを開け、陽光に目を眇める。さあ、これからどうしようか。気分転換だ、外に出よう。映画を見るのもいいし、好きなブランドのショップを覗きに行くのもいい。そういえば、最近音楽を聞いていない、CDでも漁りに行こうか。そうと決まれば着替えをしなくてはならない。クロゼットを開いて適当な服をベッドの上に放り出す。あらかた落ちているだろうが、寝癖がないかも一応確認して、鍵と財布を手に小さな部屋からでる。そうだ、本屋なんかもいいかもしれない。久しぶりに写真集を見てみようか。決めきることはしないで、アイディアだけを浮かべていく。折りよくバスがやってきて、対して考えずに飛び乗った。いつもは使わない方の駅名が表示されていた。記憶にある姿とどれだけ変わっているのだろうか。微かな振動に揺られながら、子供の様に窓の外の景色に見入る。

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雪の日の一幕

 きしきし、きゅいきゅいと雪が鳴った。滅多に受けないその感触に思わず丸く目を見開いて足をゆっくりと踏み出す。かかとから新雪の上に足を下ろして、足の裏全体で雪を感じたところでぐっ、と重心を前に移動させる。きゅう、と雪が鳴って、思わずにやりとしてしまう。調子に乗って、ずんずんと歩を進める。最初は小股だったのがだんだん大股になって、そして、つるり、と滑った。大きくよろけて、どうにかバランスをとる。笑い声一つ周囲からは上がっていないのに赤面した。やっぱり、はしゃがず堅実に、小股で歩こう。

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バス

 彼女は足を踏み出そうとしてわずかに逡巡した。転ばないだろうか、段差に擦らないだろうか、そういうことを心配しているようだった。だが、バスの乗降口であるそこには人が寄ってくる。思い切ったように、少しばかりつんのめるように彼女は足を踏み出す。地面に足を付けて、安心したように微笑んだ。

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夕焼けの見えるコンサートホール が舞台で『紅茶』が出てくる楽しい話

 ねえあの人、と紅茶を飲んでいた友人が小さく指差した。ん、と生返事をしながら首を後ろに回し、その顔を確認する。
「ああ、さっきの?」
「そう、ヴィオラのイケメン」
「んー、駄目だ、顔見えない」
 うっかりコンタクトレンズを忘れてしまったために、友人の顔は見えてもその人物の顔は分からない。残念、と言いながら首を前に向けなおす。夕陽が大きくとられた窓から差し込んで全身を温かく包む。昼間は暑いとすら思うが、この時間のそれは大分好ましいものになっていた。
「でも、コンタクト忘れたの今日でよかったよね」
「まあね。音楽は聴いてるだけでも楽しめるし」
 皿に盛られたクッキーをつまむ。
「あ、こっち歩いてきた」
 友人がそわそわと落ち着かなさげに背筋を伸ばし、居住まいを正す。その様子に思わずくすりと笑った。
「そんな意識しなくてもいいじゃん。あれだったら、コンサート良かったですとか言ってくれば?」
「いや、初対面でそれは迷惑でしょ……」
 そう言いつつも目線が裏切っていた。

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