「帝都」「メダル」「バイオリン」

「なあなあ、あんた、帝都に行くの?」
 横からかけられた質問に驚いて首を回すと、まだ幼い少年がこちらを覗き込んでいた。
「いや、帝都から帰るところだ」
 微笑すると、少年が首を傾げた。
「今帝都はメダルがどうのとかでうるさいじゃないか。このバイオリンは、頼まれ物でね。丁寧に仕上げたいんだ」

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「青空の眩しいファーストフード店」

 青く染まった空が目に痛い。カーテンでもないかと思ったがファーストフード店にあるわけもない。第一、カーテンなんか引いていたら外からどれくらい客が入っているのかもわからないし、何かあった時、外から対処のしようがない。
 若干苛々しながらネクタイを緩めて、息を吐く。まったくもって、窓際なんか選ばなければよかった。店に入ってきたときの自分の心境を呪う。ここは、日当たりが良くて気持ちがよさそうだ、と思ったのだ。
 猫か、と自分で突っ込みを入れたくなる。
 実際ここは暑いし眩しいし、最悪としか言いようのない場所だった。ジャケットを脱いでもまだ暑い。
 苛立ちまぎれに、買ったコーヒーを喉に流し込む。
 涼しくなったからホットでいいか、と考えた自分の思考をまた呪う。暑くて熱くて飲めたものではない。プラスチックのふたを外して熱を逃がそうと試みる。試みたところでどうにかなるものではなかったが、やらないよりはましだろう、とそのまま放置する。
 どやどやとしか形容できない物音を立てて何かが階段を上がってくる。確認しなくても分かる、これは若さと時間を持て余した学生だ。特別嫌いと言うわけではないが、学生がいる空間と言うのは必ず騒がしくなるから今のような精神状態で同じ空間に居たくはない。
 さっさと帰ろう、とコーヒーに蓋を着ける。ずるずると飲み乾しながらなんとなく動き続ける学生の群れを見ていると、その一人と目が合ってしまった。こちらが視線を外す前にさっと外された視線にああ懐かしいな、とぼんやり思う。
 あの頃、大人と子供の中間と言う身分を甘受して、それが不満だったころ、大人は皆昔に帰りたいと言うと思っていた。実際大人になってみると、案外そうでもないことが分かってくる。
 確かにあの時ああしておけば、とかもあるが、まっさらな状態からやり直したいとは思いはしない。結局自分は今この人生に満足しているんだな、と思ったところでコーヒーを飲み終わった。
 そのまま席を立ってファーストフード店を後にする。

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静寂に包まれたレストラン が舞台で『指輪』が出てくる頑張る話

 かち、と指輪とグラスがぶつかり、小さな音を立てた。それでも深夜、人がまばらになったレストランでは十分に響く。目の前に座る彼女が、む、と眉を寄せたのが目に入った。
「ねえ、それ、さっきからうるさい。はずしたら?」
「うん? ん、やだ」
 応えて、グラスに入った水を少し口に含む。彼女の眉間にますます皺が寄り、思わず笑みを零す。
「この前、忘れそうになったんだ」
「そんなの、鞄か何かにいれとけば?」
「指輪の意味がない」
 グラスを静かにテーブルに置く。ふ、と案が浮かんだ。
「君が、嵌めてくれるならいいよ」
「は?」
「指輪」
 左右の手にいくつも嵌めたそれを目の前にさらす。訳が分からずに手をじっと見つめられた。ぱちぱちと目を瞬くその姿がなんともかわいらしくて微笑む。そうせれば、また彼女がむっとした。
「ねえ、からかってるでしょ」
「ん、そんなことはないよ」
「嘘」
「本当」
 むすっとした顔の彼女と、微笑んでいる自分という絵柄では、たしかに自分が彼女をいじめているように見えるかもしれない。そんなつもりは毛頭ないけれど、無意識でいじめてからかっているのかな、と考えてみる。それでもやっぱりそんなことはなくて、首を傾げた。
「本当に、からかってるつもりなんてないんだけどなあ」
「……いいよ、もう。食べよ」
 むくれた顔のまま彼女がカトラリーを手に取る。ふうん、と煮え切らないような返事をして、自分も食事に手をつける。

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夕焼けの見える部屋 が舞台で『指輪』が出てくる戦う話

 隣りで午後中ずっと寝こけていた男がうぐ、とうめき声をあげた。襲い掛かってくる敵を倒しきって、やっとゲーム画面から目を外す。男は重たそうに頭を上げて、くあ、と欠伸を一つこぼしながら目を擦っていた。
「やっと起きたか」
「……眠い」
「知るか。大体、お前はなんでいつもいきなり来て寝るんだ」
 文句を言いながらゲームをセーブし、電源を落とす。生憎、目の前の男はゲームをしない。もし少しでもするなら少しは関係性も変わっていたかもしれない。その男はと言えば、ごりごりと首を鳴らしながら、大して意味のない文句の質問の答えを探しているらしかった。
「ソファが気持ちいいから……?」
 微妙に疑問形になった語尾にきゅ、と眉を寄せる。
「なんで、疑問形なんだ」
「特に理由が見当たらなかった」
 要は、都合がいい奴ってことか。それは随分失礼な評価じゃなかろうか。そう思ったのが顔に出ていたのか、そうじゃない、と首を振られた。意外と表情に出るんだ、と昔言われて驚いたことがある。
 別にポーカーフェイスを気取っているわけではないが、目つきが悪いとか何を考えているか分からないというのが一般的に聞く自分の顔についての評価だった。目つきが悪いのは生まれついての、いくら寝ても消せない隈の所為だ。表情を作っていると言われたこともある。そんなことはなかったので驚いた。そう言えば、自分の表情を分かりやすいと言ったのはこの男だったかもしれなかった。
「お前は優しいし、顔で敬遠されがちだが面倒見がいい」
 ぽと、と落された言葉に、は、と息が漏れる。爆笑する。
「わっけわかんねえ!」
 げらげらげらげら、笑いが止まらない。そう言えば、こんなに笑ったのは久々だ。相対する男がむ、と眉間に皺を寄せる。素直な心情を言ったのに爆笑するとはどういう了見だ、と顔が言っている。あと3秒笑い続けたら殴られるな、と思ったが笑いの発作は治まらなかった。予測は外れず、左頬に重い一撃が飛んでくる。抵抗する意思もなく跳ね飛ばされた。
「あー、はは、痛ってえ」
 笑い続ければ、男が困惑したような表情を浮かべた。確かに気持ちが悪い。久々に表情筋を駆使したせいで頬の筋肉が引きつっている。
「あー、別に優しくしたつもりなんかなかったのにな」
 いつも、適当にあしらっていただけだ。それを優しいという。自分と他者とで大きく食い違うと人はそれを笑うらしい。
「だけど、優しいだろう」
 もう一度、言われる。今度は吹き出さなかった。代わりに、ガシガシと頭を掻く。
「で?本当の用件は?」
 分かり切っていたことを聞く。ん、と頷いて左手が差しだされた。
「結婚することになった」
「気づいてたよ、ばーか」
 きらきらとシンプルなリングが輝いている。

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