不器用な教師と緩やかに死を待っている男との7日間の話

「何やってるんだ、お前」
「待ってるんだよ」
「何を」
「死」
「……は?」
これでもう5日目だ。ここでこの男を見るのは。
「……まだ、いるのか」
6日目。何を考えているのか男はまだそこにいた。
「行くぞ」
「は? ちょっと!」
7日目。耐え切れず腕を引く。目指すは私の家だ。
「目に付く場所で死ぬな」

--------------------------------

お題は『緑』『舞台』『意識』

舞台袖に立つと、あまりのざわめきの大きさに若干眩暈がした。だがここで倒れてなるものかと意識を引き締めなおす。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ足を踏み出す。目線は非常口を示す緑のランプ。人間なんか有象無象だ、見えないのと同じ。自分を鼓舞するように不遜な表情で顔を上げた。

--------------------------------

ナルシストな青年と病的なまでに喧嘩好きな童話モチーフの短編

「ふふふ、今日も僕は美人だなあ」
静まり返った水面を覗き込みながら、笑う。笑うともっと美人だ。うっとりする。ぱしゃり、と魚が跳ねて水面が揺れる。
「っくそ、僕の顔が乱れたじゃないか!」
「きゃんきゃんきゃんきゃんるっせえな、ここはお前だけの場所じゃねえんだよばーか」
唐突に聞こえてきた声に振り返る。後ろにいたのはグレーの気取ったスーツにステッキを持った異様に若々しい老人だ。ああ、と僕は笑みを浮かべた。
「僕の美貌が羨ましいのかい? 残念だったね」
「ああ? 馬鹿言ってんじゃねえ、俺はこの顔で満足だっての。今もご婦人方かららは人気だしな」
自慢げに笑う顔が不愉快だ。淋しい男め、他人の評価ではなく自分がどう思うかが重要なのに。その点、僕の方がよっぽど美人だ。
「魚釣りに来たんだ、そこ邪魔」
「知らないよ」
老人が言うのを無視する。魚を釣る? 冗談じゃない、水面が揺れるじゃないか。それで被害を被るのは僕だ。
「生意気な餓鬼だ」
水に落としてやろうか、と年老いているくせに白い歯で老人は言った。
「やれるもんならやってみな」
喧嘩腰で言う。と、ふわりと体が浮いた。
「そのまま水仙ににでもなっちまえばーか」
老人が笑う。池に落とされたんだ、とやっと気づいた。そのまま老人が踵をかえす。
「釣りは」
「出来るわけねえだろ」
またばーかと言われ、僕はもう老人と会話することを諦めた。

--------------------------------

「キリン」「便器」「mixi」

学校なんて、大嫌いだ。そう小さく独語し隣の友人に笑顔を向ける。
「ごめん、私ネットとかよく分からないんだ」
「そうなの? 簡単だよー」
遠まわしに嫌だって言ってるのが分からないのか、とうんざりした気持ちにさせられた。
今現在私は当世流行のmixiなるものを勧められている。勿論私にそんなものをやろうという気は全くなくこうして再三断りを入れ続けている。わざわざ学校の外でまで学校の面倒臭い関係を続けて何になるというのか。別に悪い事とは言わないし私にも学校の外でも仲のいい友人はいる。ただ、私のそれと彼女のそれは全く違うもののような気がするのだ。例えて言うならば、彼女の友人とは彼女が気に入らない人物を全員で取り囲んで便器に顔を突っ込ませていそうな感じがするのだ。いや、そんなことをやっているのかどうかなんて私は知らない。
それでもその印象が着いてしまうほど彼女の印象は私の中で悪い。ついでに言うなら私は彼女のことが大嫌いだ。私が彼女を嫌いな理由は、大勢でいることが多いというだけではない。それも少数精鋭を気取る私には十分な近寄りがたさを感じさせるものだがもっと決定的なものがひとつ。
私は、彼女の容姿が生理的に受け付けないのだ。なんというか、キリン顔なのである。比較的低めの身長に長めの首、長い顔。長い顔だけなら馬面と評することもできただろうに長めの首までついてきてしまったらこれはもうキリン顔というしかない。まあ、馬面であったとしても関わりたいとは思わなかったであろうが。
まったくもって、馬鹿馬鹿しい。こんな大嫌いな人間でも口に出す時には友人と言わなければならない。
学校なんて、大嫌いだ。

--------------------------------

「英語」「無作為」「紅葉」

ばらばらと、長方形に切られた紙片が床の上に散らばった。
「どうした、大丈夫かー」
教師には適当に返事をして床に膝をつく。単語を組み合わせて英文を作るという時間だった。貴重な英語の時間をこんなくだらないゲームに費やすなよ、と思う。
紙片は何枚か表になり単語が見えている。
ふと、散らばった紙片が何かに見えた。単語が書かれた紙片の裏は赤い。教師が赤が好きだからという理由でこの色に決定したのだそうだ。実際、こんな色では裏から透かし見るなんてできやしない。
ああ、紅葉か、と思い立った。無作為に散らばった紙片が紅葉して地に落ちた無数の葉と重なったのだ。
「何してんだよ、拾えよー」
「……ああ」
ぼんやりと頷いて紙片を手に取る。片手に重ねられた紙は、もうどうしても紅葉にしか見えなかった。


top/next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -