07



「角名ー!!」


騒がしく教室へ入ってきたナマエに反応を示したのは、角名ではなく侑だった。


「おうミョウジさん、角名なら今おらんよ」

「えっ、なんで?呼び出し?」

「そう」


めずらしー、何やらかしたの?と首を傾げるナマエに侑がニヤリと笑う。静かに手招きをして、内緒話でもするように口元に手を当てた。近づいてきたナマエの耳元に顔を寄せる。その瞬間、手刀が彼の頭に落ちた。


「いだっ」

「何してんの」

「あっ、いた。角名は何やらかしたの」

「何もやらかしてないけど。なに、侑また変なこと吹き込んだの」

「またって何やねんまたって。常習みたいな言い方すんな」

「常習だろ」


ため息を吐きながら角名が席につく。そして「提出期限昨日までだったノート出しに行ってた」と面倒臭そうに言った。


「昨日までってダメじゃん」

「ほんまやで」

「侑はまだ出してないでしょ」

「え、そうなの?」

「なんの話やろ〜」


わざとらしく視線を彷徨わせ、口笛を吹く仕草をする侑に二人で怪訝な目を向ける。侑は「二人して同じ顔すな」と慌てながら、「ミョウジさんも、角名が呼び出されたーってあんな感じで言われたらもっと焦るとかないん」とすぐさま話題を逸らす。


「焦るってなんで」

「ほら、あるやん、告白とか!」


侑の言葉にナマエは「ああ」とこぼす。


「ああって、反応うっす」

「だって、告白なら角名はその前段階で断るでしょ」


あっけらかんと言い放ったナマエにいち早く言葉を返したのは、侑ではなく角名だった。


「俺そんなに酷い印象ある?」


彼氏に対して全く失礼な言い様である。しかし、頭の中では角名自身もそうするだろうなと同意を示していた。彼女にそんなことを言われる角名のことを可哀想だと憐れむように侑は笑っているが、角名本人は悲しくなるどころか、自分を理解してくれているナマエに対して喜びすら感じている。


「実際興味ない人からの好意とか面倒だし」

「つめた!冬到来にはまだちょびっと早いで」

「でも侑もそうじゃないの?」

「めんどいことしてこないなら別に。モテへんよりええやん」

「それはそれでどうなの」

「それは都合が良すぎるよ〜」

「なんなん二人して。俺に絶妙に冷たない?」


侑がほんの少し嫌そうな顔をするのを、また二人は揃って笑い飛ばした。





ごめんねと言いながら、ナマエが温かいドリンクの入ったカップを角名へと渡した。


「いいって、付き合わせてるの俺じゃん」

「いやいや、どう考えても私でしょう」


角名の向かいに座ったナマエが飲み物に口をつけた。あちっと小さく肩を跳ねさせたナマエを軽く笑って、角名が自身の隣に置いた大きな紙袋を見やる。

夏と同じく二人は服を買いに来ていた。角名は前々から新しいコートが欲しいと言っていたので、それをナマエが選んでいたのだ。が、何を着ても様になるせいでなかなか決まらず、角名は着せ替え人形のように脱いだり着たりをひたすら繰り返していた。

ステンカラーコートとチェスターコートを片っぱしから羽織らされ、この中のどれにするのかと思えば、「ポロも良い」なんてまた違う種類のものを回される。最終的には結局最初から二人で目につけていたロング丈のチェスターコートを購入したが、そこに行き着くまでに一体何着試したかは、十三を超えた辺りから角名も数えるのをやめた。


「でもしっかり選んだ甲斐があって、それすごく似合ってたよ」


紙袋を指差しナマエが満足そうに微笑む。


「あんだけいろんなの着たからね。一番似合ってなきゃ困る」


茶化すように角名が言った。ナマエはそれはそうだと笑いながら、やっと少し冷めて飲めるようになったドリンクに口をつける。


「でも、私の好みを押し付けちゃってるみたいになってないかな。ごめん」

「自分で自分の良さとかわかんないし、何が似合うとかも全然意識したことないから、俺からしたらありがたいけど」


角名に服を合わせるたび、ナマエはその感想をしっかりと口に出す。細身だからこの形は角名に似合うだとか、この丈だと中途半端で見窄らしい印象になってしまうだとか、顔立ちからしてこのくらいの冒険は角名ならハズレなくできるから羨ましいだとか、もっとシンプルにはっきりとこれは角名には似合わないだとか。

角名もさすがに自分の身に付けて歩くのだから、ダサいものは嫌だと常々思ってはいる。しかし実際、服に詳しくもなければ特別興味があるわけでもない。とりあえずこのあたりを着ておけば変ではないだろう、という曖昧な感覚で今まで適当に選んできていた。そんな選び方でも人並み以上に着こなせてしまうのだからずるいのだとナマエは心底羨ましがるが、角名自身は自分がそんなことを言われる立場にあるのかということさえも未だ疑っている。

角名は普段は試着をするのでさえも面倒くさいと思ってしまうが、ナマエと服を選んでいると、こうして的確にコメントをもらえるため試着も煩わしいとは思わなかった。自ら選んではいないにせよ、とても参考になるので自分自身のコーディネート力まで上がっているような気がして。


「全く知識ない俺が言っても嬉しくないかもしれないけど、ミョウジはやっぱセンスあると思うし」

「そうやっていっつも角名が優しいから、私はすぐに調子乗っちゃうんだよ」

「乗ればいいじゃん。自信持っていいと思う」

「もー!」


恥ずかしがるように手のひらで顔面を隠した。好きな人に褒められるってこんなに嬉しいことなんだなとナマエは思う。角名は、言葉が足らないようでいて欲しい時にちゃんと欲しい言葉をくれる。

今度それ着て遊びに行こうね。ナマエのはにかむ姿に角名も表情を柔らかくして頷いた。街には少し早めのこの時期恒例であるクリスマスキャロルが流れている。
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