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冬が終わりを告げ、春を迎えた今日この頃。寒さのピークは完璧に過ぎ去ったがまだ暖かいとも言えない。しかし、冬の初めに買ったナマエが選んだ角名のコートは、もう今年の末まで出番はないだろう。あと一ヶ月ほどで東京スカイツリーが開業する。

二人はナマエの部屋でいつものようにのんびりと過ごしていた。角名の部屋でも過ごすことができれば場所の選択肢は広がるのだが、生憎女子禁制の男子寮だ。とはいえ他の寮生の何人かは彼女を連れ込んでいるものもいる。裏口を使いコソコソとうまく事を運べば、百パーセント不可能というわけではない。が、バレた時のリスクは計り知れない。

口頭注意や反省文程度で済めば良いのだが、おそらくそんな軽いものではないだろう。一発退寮にはさすがにならないだろうが、角名のような推薦組でも部活の一時活動停止はほぼ確実である。もちろんこの寮を使っているバレー部員は他にもいるので、下手をすれば連帯責任でバレー部自体の活動を止めてしまう可能性すらあるのだ。やるメリットよりもデメリットの方が大きい。もはやデメリットなんて言葉では片付けられないくらいの大問題である。

一時的な欲を優先した先のリスクを考えれば、ナマエを角名の部屋に連れていこうという選択肢は消えてなくなる。そのため街に出ず自宅で過ごそうとなると、必然的にその場所はいつもナマエの部屋となってしまうのだ。


「あれはいつできるの?」


ナマエの肩を引き寄せ口を開いた。角名のことを見上げたナマエに小さなキスを一つ落とす。もう慣れたようにキスを受け入れたナマエが、「あと一週間くらいでできると思うよ」と返し、もう一度手元の画面を見つめた。

ガラケーから乗り換えたばかりのナマエのスマホには傷一つない。まだフリック入力に慣れないナマエの覚束ない指先を眺めながら、角名が「楽しみ」と小さくこぼす。

この間、ナマエがいつものようにデザインのスケッチをしていたのを角名が見て、こういうの欲しいと告げたのが始まりだった。見た感じはシンプルなブラックの薄手のシャツだが、衿元や袖部分が特徴的だ。練習も兼ねて作るとナマエがすぐに行動に移し、ただいま絶賛製作中というわけだ。


「デザインして、欲しがってくれる人がいて、服が作れて、着てくれる人がいるなんて最高だね。着て出掛けた日はたくさん写真撮らせてね」


ナマエがゆっくりと角名の首に腕を回す。


「モデルみたいなことはできないけど」


ナマエの体を持ち上げて、膝の上に乗せる。角名にしがみつきながら楽しそうにナマエが笑った。ポーズとか決めなくてもいいよ、自然な写真がたくさんあればいいの。そう言ったナマエに、「同じことコート買った時にも言われたけど、結構ポーズ指定受けたよ」と角名が当時を思い出し、眉を顰めながら笑い返した。


「ごめんごめん、だって倫太郎かっこいいんだもん」


謝りながらも開き直るナマエを額で小突くようにして、「ナマエはそう言えばいいと思ってない?」なんて揶揄うように言いながら再び唇を重ねる。

付き合い始めて半年が経った。こうして毎日自分たちのペースでゆっくりと仲を深めている。倦怠期や別れの危機なんてものは全く感じられない。変化といえば、冬の終わりにナマエの提案で最後のイルミネーションを見に行った夜、お互いを名前で呼ぶことになったことくらいだ。





稲荷崎高校男子バレーボール部がIH全国準優勝と好成績を残した。しかし、選手本人たちがそれで満足しているはずもない。わかりやすく態度には出さないものの、より一層力を入れてバレーに打ち込みはじめた角名を見ながら、ナマエも自身の目標を見つめ直す。

デザイナーになりたい。いつか、自身のブランドを持てたらいいと思っている。それには専門的なことを学べる学校でしっかりと技術を学んで、実際に仕事として経験して、力をつけていく必要がある。長い道のりだが根を上げることはできない。


「もう志望校決めたの?」

「うん。ここに入りたいってずっと思ってたから」


高校二年生の夏。もうこうして進路を決める人もちらほらと出てくるが、大半はまだそこまで細かくは動けていない。学校では受験や自身の進路の考え方についての話も増えてきた。しかしクラスの半数以上はまだまだ本腰を入れているわけでもなく、部活に打ち込んだりバイトに勤しんだりと、先のことは考えているようでそうではないのが現状だった。


「ナマエはどこまでもいけそう」

「ええ?」

「茶化してるとかじゃないよ。本気で言ってる」

「何それ」


こんな返事をしながらも、素直に受け取り嬉しがるナマエの表情は明るい。角名はナマエを見ながらもう一度「すげーよほんと」とつぶやいた。

全国で二番目の成績を残した。そこで二年生ながらレギュラーを獲得し、自他共に認める活躍もできたと角名自身も思う。

大学のスポーツ推薦というものは早いうちから声がかかることも多い。声がかかったからといって必ず入れるというものではないが、それでもほぼほぼ望めば進学できる。角名にももうすでに声はかかっていた。これからまだ増えていくだろう誘いの中から、今後の自分の進路を考え一つに絞り決めていかなければならないが、まだいまいち自分の方向性が定まりきらない。

ナマエは、すごいよ。もう一度角名は心の中でそう思った。俺ももっとしっかりしなくちゃ。ナマエを見てるとまだこの時期だし大丈夫だなんて言ってられない。何年も先の事は今は見えなくても、今年の冬に目指すもの、来年のIHで目指す場所は決まっている。

気分が良さそうなナマエが、ロンドンオリンピックのテーマソングを歌詞があやふやなまま口ずさむ。銅メダルを獲得した女子バレーの試合は角名もテレビ放送を見ていた。バレー漬けの日々の中でいったい何を優先的に考えれば良いのか。もう少しだけ時間が必要だ。
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