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上を目指そうとすればするほどに、他人と比べられ、どちらか一方が選ばれ、生き残る者とそうではない者が出てくる。そのような機会が多くなる。

みんな一緒に成功しようだなんて、世の中そんなに甘くはない。


「ちゃんとわかってんじゃん」

「うん」

「でもそうやって気にかけちゃうのは、お人好しなところがあるからだよね」

「別にそんなんじゃないよ」


ナマエの声はどこか暗く、角名はいたっていつも通りだ。冷静に言葉を返す角名は今日も容赦などなく、沈んでいるナマエに対しても自分の意見をはっきりと告げる。

どの業界にだってあることだろう。持ち込んだその企画を通してもらえるのは一人のみだ。ナマエの世界ではそれがさらに狭く、はっきりと実力で決まってくる。何通りも出たデザイン案はどれも個性の際立った素晴らしいものばかりだった。しかし、その中の一つのみが選ばれ他は没になる。選ばれた、唯一生き残れたデザイン案がナマエのものだった。

上司たちがナマエの実力をとても買ってくれているということは、ナマエ自身もよくわかっていた。そして、周りも。ナマエですら気付くのだ。ナマエのことをライバル視している周囲はもっと敏感にその空気を感じ取るのだろう。

簡単に言ってしまえば、この世界は弱肉強食だ。年功序列ではなく、実力と運が全てのものを言う世界である。

同期の活躍と比べると頭一つ以上抜けていたし、先輩や上司たちのそれまで抜かしていく勢いだった。当然、上は喜ぶだろうがその比べられる対象となる人々からは少し距離を置かれてしまうことは仕方のないことなのかもしれない。仲は良い、けれどどこかに壁がある。

ナマエに対して好印象以外の何も思わず、活躍を心から讃えてくれるような実力を持った上司たちと共にいる方が穏やかに過ごすことができる。が、そうするとその他の人たちとの心の距離はもっと離れてしまうような気がして少し気が引ける。

別に誰が何をしてくるだとか、不快なことが起こるとか、そんなことは一切ない。しかし静かに静かに削られていくメンタルに日々しんどさが増しているのは確かな事実だ。

電話の向こうで小さくハァとため息を吐いたナマエに、角名は僅かに顔を顰めた。


「ナマエはさ、何を怖がってるの」

「何を」

「誰かからの陰口?冷たい視線?嫉妬?馬鹿馬鹿しいよ」

「そんな……」

「そんなことが原因で足掬われそうになったりうまく前に進めなくなったりしてるなら、一回考えを改めた方がいい」


少し怒っているような角名の言い方からは、とてもナマエを励まそうとか勇気付けようとか、そんな雰囲気は見受けられなかった。


「他人を蹴落とすって言い方は心苦しいかもしれないけど、でもそうしないとやっていけない世界だろ。もっと気楽にみんなと仲良くしてたいだけなら、普通にその仕事を続けていけばいいじゃん。でもナマエが目指すのはもっともっと上なんでしょ。なら優しさはただの甘さで弱さだよ。誰かを犠牲にしてでも自分がそこに立つ覚悟と決意しないと。映画や漫画みたいなみんなが仲間な環境なんてそうそうないし」


どこか説教染みても聞こえるのに、全くそうは思わないのは角名本人がいつだってその心持ちでいるからなのだろう。バレーボールをただ続けるだけならいくらだって方法はある。

今だって現状維持のみを掲げればもっと気楽にいられるのかもしれない。しかし、現状維持なんて心持ちでは周りにすぐに食われてしまう。簡単にふるい落とされていく。日本のトップリーグに居続けるにはそんな生半可な気持ちではやっていけない。

しっかりとした実力を持っていたはずの中学のチームメイト達の中で、自分だけが他県の強豪校に引き抜かれた。全国的な強豪と謳われる高校のチームで、同じ志を持ちながらもコートには立てない先輩達や後輩達、同級生達を差し置いて常にそこに立ち続けた。自分と同じように努力を続け、成績を残し、大学リーグで名を馳せてもプロになることはできなかった者達がいる中で、今このユニフォームに袖を通している。

スポーツはいつだって、どの世界よりも最も明確に弱肉強食の世界である。泣いても笑ってもその事実が揺らぐことはない。遊びや趣味で続けるならまた話は別だが、そうでないならそれを覚悟しなければならない。上を目指せば目指すほどに、選ばれる枠は少なくなっていく。涙を飲むものが多くなる。

この場所まで登れなかった者達に、全く同情するなとは言わない。しかし、そこに目を向けすぎることも良いことではない。


「自分が選ばれることが申し訳ないとか、一緒に上に進みたかったとか、そういう感情を抱かれるほうが迷惑だし失礼だよ。ナマエはもっと堂々としてなきゃ」


角名の一定のトーンで発せられる風のように涼しい声は、下手に夢を見させはしない。角名は静かにそう言った後、ふっと空気を和らげるように息を吐き、笑った。「でも、ナマエのお人好しで優しいところはそのままで良いよ」との言葉を添えて。


「倫太郎は、いつも強いね」

「ナマエは強そうに見えてたまに弱いからね。こっちがしっかりしないと」

「……ありがとう」

「反論しないんだ?」

「本当のことですから」

「わかってんじゃん」


いくら気にしないようにしろと言ったって、完全に気にしないようにすることは難しい。自分にはできるけれどナマエには厳しいのだろうと角名は思う。それでも目指す場所を考えれば、やはり多少冷たく聞こえようが周りを蹴散らしてでも進んでいかなきゃならないことも中にはあるだろう。上に行けば行くほどに、さらにシビアになっていく。選ばれなかった者達を気にしている暇はない。

自分のために何を手にしたまま、どれを置いていくのか。誰と行くのか、一人で行くのか。どの道が最適なのか。取捨選択を迫られることもあるだろう。

いつだって前だけを見なければならない。が、イコール選ばれなかった者達や選ばなかった方の選択肢を蔑ろにしているわけでは決してないのだ。

一人離れた地元。コートに立てず不満に思っていただろう一つ上の先輩。未来の代表候補の逸材と言われていたのに怪我で離脱せざるを得なくなった後輩。悔し涙を自分にだけは見せずにチームへの所属をひたすら笑顔で祝ってくれた同級生。

脳裏に浮かぶそれらの存在を決して手離さないように角名は目を閉じた。電話越しに感謝を伝えてくるナマエの声は、先ほどよりもだいぶ軽く、明るくなっている。

ナマエに対して言っていることは、いつも自分にも返ってくる。その度に再確認するのだ。角名は暖まりきっていない部屋の空気を目一杯肺に取り込んで、そしてその三倍の時間をかけてゆったりと吐き出していく。


「ナマエ」

「ん?」

「頑張れ」


俺も頑張るから。なんて、そんな言葉を続けるのはさすがに俺らしくないなと思い角名は口には出さなかった。しかし、音にはならなかったはずのその言葉までナマエはしっかりと聞き取ることができたのだろう。ありがとうと柔らかな薫風のような声で言ったナマエに、角名はひっそりと口角を上げた。

バレーボールのシーズンはまだまだ続いていく。やらなきゃならないこと、やりたいことが山ほどある。その一秒たりとも、今は無駄にできない。
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