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「こっち向いてこっち!」


え?と、角名が反応するよりも早くナマエがシャッターを切った。カメラロールに納められた不意打ちの写真を確認し、満足げに微笑む。


「今の絶対やばい顔してるって」

「それがそんなことないんだよ」

「うそ」

「ほんとー!ほら」


ナマエのスマホ画面には振り向きざまの角名が写っている。ただ歩いているという、日常的な一瞬を切り取ったようなその写真でさえもこんな風にしっかりと映えるのは、角名のすらりと長い手足と、自分に似合う服装を分かり切っていて着こなしているからだ。


「ナマエも、こっち向いて」

「これ初めて着たから、せっかくだから全身写して」

「じゃあそこ立って一回回ってみてよ」

「動画?」

「うん。さっきからずっと撮ってる」

「え、もう撮ってんの!?いつから!?」

「こっち向いて、からかな」

「最初からじゃん!」


二人の楽しそうな声が角名のスマホに記録されていく。数年かけて少しずつ増えていっているスマホのアルバムには、お互いの写真や動画で溢れてパンパンになっていた。たまに高校生の頃のそれらを見返すと、顔が違うと笑いあえるほどに二人とも幼かった。きっと今撮っているこの動画を数年後に見たら同じことを思うのだろう。

特別なことをしなくても、並んで歩くだけでどこか楽しそうなナマエと角名は、今日もそのフォルダに日記のようにお互いを刻んでいく。今を閉じ込めて、いつかの自分たちの思い出にする。





進路に悩みなんてものはなかった。

地元を出て一人関西に渡り、高校生活をバレーに捧げることを決めた時、そこに迷いはなかった。大学を決める時も当たり前のようにバレーの道を選んだ。声がかかった中で強いところ。そこに行けば強い奴らと試合ができる。不安や心配よりも楽しみな部分の方が多かった。

中学から高校へ、高校から大学へ。ステージは大きく変わってきたが、学生という括りなことには変わりはなかった。

しかしここから先に進むのならば、ステージのみでなく立場も何もかもが変化することになる。もしもこのままバレーを続けていくのなら、今までのようにただ楽しく上を目指すだけのバレーではなくて、飯を食うためのツールになっていくのだ。責任感、重圧、全てが桁違いだ。生活がかかってくる。それで金を得ていく意識と覚悟が必要になっていく。

大きく息を吸い込んだ。春季リーグを終え、疲労が溜まる体の空気を入れ替える。その様子を見たナマエが角名の背中に寄り掛かるように優しく体重をかけた。


「お疲れ様。倫太郎また大活躍だったね」

「そうでもないよ」

「そうでもあるよ」


少し怒ったような声を出すナマエに笑いながら、「まぁね」と言ってみせれば、ナマエは満足そうに口角を上げ角名の隣へと移動する。ナマエの手に握られていたスマホの画面には、表示されていたままのストーリーが流れ続けていた。ついてるよ、と角名が指摘をすれば、ナマエはまたやっちゃったと言って流れ続ける画面に視線を落とす。


「あ、尾白先輩がストーリー載せてる」

「フォローしてんだ」

「うん、公式のやつだけどね。プライベートのアカウントは知らないけど」

「ああ」


大学を卒業し、この春からチームに所属している角名の高校時代の一つ先輩である尾白は新しくインスタを開設した。練習風景やほかの選手との一コマを定期的に載せている。プライベートのアカウントも角名は知っているが、自分から何かを載せることは少なく、他人の投稿を見るためのツールとして主に使っている印象がある。きっと新たなアカウントは意識的に更新しようと頑張っているのだろうなと思った。

そんな、きっと頑張って載せているのだろう尾白の動画を見ながら「元気そうだー」と小さく笑ったナマエは、角名の方を向いて言葉を続けた。


「倫太郎もプロになったらさ、こういう練習とか他の選手との動画とか載せたりするんだよね?早く見たいな」

「あー……載せなきゃなのかな?」

「載せてよ、楽しみにしてるんだから」


軽く頭突きをするみたいにして、頭をぐりぐりと押しつけるナマエを正面に回して抱え、そのまま引き寄せる。静かに角名を見上げたナマエの額に軽くキスを落とした。

プロになったらさ、と当たり前のようにナマエが話すから、ああ俺プロになるんだろうな、とすんなり角名は思った。ナマエの後頭部に顔を埋めるようにして、静かに目を瞑る。

彼女の言葉に流されているわけでも、自分が迷っているわけでもない。角名の中には、誰にも打ち明けることはなかったが確かにプロを目指す意志が存在していた。早い段階から明確にそこを目指しながらやってきたというわけではないが、進んでいく過程の中で見えてくる道に向かってきちんと進めば、自然とそこに辿り着くことになる。そういう道を、当たり前のように自然と歩んできた。

このようなことを思っても角名はあまりそれを口には出さない。出さないのは、周りにベラベラと言う必要がないと思っているからというだけだ。恐れがあり隠したかったわけではない。迷いも、恥ずかしさも、恐れも、驚くほどになかった。

ナマエはよく"角名がプロになったら"という話をしていた。角名がその道を意識をしだす前から。高校一年生の時に将来について尋ねてきたこともあるくらいだ。いつだってプロの道に進むことを信じて疑っていなかった。

普通ならば、勝手に自分の進む先を決めるなと怒りを覚えたりだとか、大きすぎる期待に押しつぶされそうになることもあるだろう。けれど角名はそれをプレッシャーだとは一切思わなかったし、勝手に人の人生を決めるなとも決して思わなかった。もし本気でその道はあり得ないと思っていたのなら、角名の性格的に早々にナマエのその発言を止めただろう。しかしそれはせずにいつも彼女の話を最後まで聞いていた。


「俺がプロになったらさ」


不確定な未来の話を、根拠もなく語るのは昔も今も苦手だ。


「リーグ初試合は有給取って見にきてよ」


それでもこんなことが角名も当たり前のように言えてしまう。不確定で根拠はない夢を、ナマエはずっと信じている。自分自身のことだけではなく、角名の未来までをも。だから何も疑わずに角名も口に出せる。

この道を歩んできたのは確実に自分だ。ナマエの言葉に流されて決めることなんてなかった。きっとナマエの言葉がなかったって恐怖も何もないだろう。そうなるように積み上げてきた過去がある。けれどもやはり、こうして無条件に自分の背中を押す言葉に込められている力は、何よりも大きく角名のことを支える柱になるのだ。
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