孤独に餞


あの日から角名と由佳は少しずつ交流を深めていた。とは言ってもタイムライン上で会話をしたり、お互いのその日の報告がてら街中の写真を載せあったりだ。フォローしている人はたくさんいる。しかし、最新のタイムラインを埋めているのは角名と由佳の二人きりだった。


『角名くんは今何してるの?』

『壁打ちしてた』

『何それ?』

『守月さんは?』

『ウィンドウショッピング』

『それて意味ある?』

『せっかくきたから』


角名はSNSを比較的良く利用するが、そこまでネット内の人と仲を深めすぎることはしない。しかし今回に関しては少し勝手が違うのもまた事実だった。

話し相手は誰もいない。テレビも何もかも動いてないから娯楽もそんなにない。ボールを弄ることはできるが、バレーは一人で練習を行うには限界がある。学校も部活も何もないから、ほぼ二十四時間フルで持て余すほど自由で退屈なのである。


『大阪とかの方面あんまり行かないんだけど、そっちって何がある?』

『俺もあんま詳しくない。推薦できただけで出身違うんだよね』

『そうなんだ!どこ出身なの?』

『愛知』

『金のシャチホコだ!一回見てみたいな』

『そんな期待するほど凄いもんじゃないよ』

『その発言怒られるよ』


それはもう、いつだったか付き合っていた彼女よりも連絡を取り合っていた。自分のことはこのアカウントではあまり話さなかったはずだが、いつの間にか角名と由佳はお互いの性別、年齢、行動している大体の場所、普段どういうことをしているかまで知ってしまう仲となった。


『今勉強してるんだけどね』

『聖人か何か?』

『私たちも受験生でしょ?』

『そうだけど、受験も何もこの状況じゃないじゃん』


由佳は角名と同じく高校三年生で、さすがに学校名はわからないが神戸にある女子校に通っているらしい。この辺りの個人的なことはさすがに誰も動いていないにせよダイレクトメールでやりとりをしていたが、それにしても聞けば何でも由佳は素直に質問に答えていた。

そして、彼女と会話をし始めてから一週間が経とうとしていた八月九日。彼女の不意の一言が、また角名と由佳の関係を大きく変えることとなる。


『角名くんとこうしてネット上でも会話ができて本当によかった。ずっと一人きりだったら、多分もう耐えられなかったと思う。難しいかもしれないけど、一回会ってみたいね』


冷静に、冷静に考えれば、同じ歳の男にこの誰もいない状況でそんなことを言うのは本当にどうなんだと思ったかもしれない。しかし、現時点で流石の角名でももうそこまでの頭はあまり働いてはいなかった。

いくら角名が人恋しさから寂しさを感じるような性格ではないとしても、一人でもやっていけてしまうタイプだとしても、ただ一人見かける全ての人が止まっている状態の虚しさの広がる海に半月も投げ捨てられているようなこの状況で、以前と同じようにいられるはずもない。角名自身が気が付いているかいないかはさておき、もうだいぶ疲弊しているのである。見た目も精神的にも随分と大人びているとはいえ、彼もまだ十七歳の高校生という事実に変わりはないのだ。


『神戸なら、自転車とか使えば多分すぐに会いに行けるから、そんなに難しくはないんじゃないかな』


気がつけば指先はそんな文字を打ち込み送信していた。何してんだ俺、とも思わずに。角名は呑気に、すぐにって言ったけどここからだと二、三時間くらいはかかるよな、でも、三時間くらいこの状況ならすぐの範囲内か。なんて考えていた。こんな真夏に二、三時間も自転車を漕ぐだなんて、普段だったら絶対に何を考えているんだ馬鹿じゃないのかと嫌がるはずだというのに。

しかしもう今日は夕方である。仮に今出発したとしたら神戸についてやっと完全に日が落ちるくらいだ。決して行けなくはない。けれど、いくらスマホが使えて人々が動かず車等の危険もないからといって、この時間から約三時間知らない道をひたすら進むのは気が引けた。

話し合いの末とりあえず実行するのは翌日にしようということになり、角名も由佳も朝日が再び登るのを待つことにした。




 

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