俺を作り上げたあの三年間は、思い起こせばいつだって、真っ直ぐで眩しくて、愛しい。



05



「勢いすごいですねー、今回のオリンピックのバレーボール」

「そうねぇ。キミはバレー好きなの」

「別にそう言うわけではないんですけど、なんか最近話題じゃないですか。なんでしたっけあれ、えっと、モンジェネ?」

「そうそう、妖怪世代ね」


画面に映る懐かしい顔ぶれに、心が少しだけ揺れる。俺はあいにく全国の経験はないので直接は知らないやつも多い。それでも、妖怪世代と呼ばれて、今大きな舞台で活躍している奴らと同じ世代だった。同じ場所で俺らも戦い、同じ場所を夢見て、あそこに立つやつも俺らは倒して、そして負けた。


「懐かしいな」

「松川さんってバレーやってたんですよね?もしかして年齢的に妖怪世代ですか?」

「そうね、実際代表入りしてる奴らとも戦ったことあるよ」

「え!そうなんですか!?すごいじゃないですか!」

「日向影山には一度だけ公式戦勝ったことあるけど、最後の春高は負けてるし、俺たちは牛島に毎回勝てなくて全国行き逃してるからなぁ」

「へぇー!松川さんもみなさんもすごいです。プレーとかは全然詳しくないですけど、影山選手の顔はとても好きです」

「……あー、顔はいいからあいつも」


でももっと凄いのは、やっぱり俺たちの主将だけどね。

そうは思っても口には出さない。俺が言いふらすことではないのだ、あいつの凄さというのは。ジワジワと追い詰めるような圧倒的な鋭いセンスを努力で磨き上げ、秘められた才能を自力で開花させたその男を、今の時点ではまだこの国のやつらは知らないんだろう。


「次の試合、松川さんも見ますか?」

「そうね、その時のチームメイトたちと見る予定よ」

「そうなんですね〜松川さんって高校どこ出身なんですか?」

「ん?青葉城西ってトコ」

「あまり詳しくないので聞いたことないです、すみません」

「ハハッ、そうでしょ」


今日の仕事の時間ももう少し。最近やっと職場に慣れてきた後輩は、最初は怯えるように縮こまりながら仕事をこなしていたはずなのに、今ではこうやって話をしながらもテキパキと手を動かしている。

月日は、確実に流れている。


――――――――


「うぃ〜松川おひさ」

「早いな、もう飲んでんの?」

「祝酒は何杯飲んでもいいだろー」

「松川さん、チワス!」

「矢巾たちも久しぶり」


ワイワイと盛り上がるBARの中は、今日のオリンピック中継を楽しみに既に盛り上がりを見せている。それぞれ日の丸のシールを頬につけたり、タオルを持ったり、Tシャツを着たり、各々の観戦スタイルで賑わいながら店内のテレビに向き合っていた。


「兄ちゃんたちは相手国の応援なのか?」

「あぁ、そうなんです、知り合いがいるので」

「知り合い?外人に友達でもいんのか」

「いや、元々日本人。見てれば分かりますよ」

「スッゲーのがいるんで、アルゼンチンの応援もよろしく!」


俺はあの三年間をまだ忘れていない。忘れられるはずがない。


「あん?及川から返信きたんだけど」

「こんな試合前に何してんのよ」


"及川が将来みんなを敵に回したら、その時は応援くらいはしてやるよ"
"俺は応援はしねぇけどな、敵は敵だ"
"俺は遠くから見守るくらいでやめておこうかな"

少し前に四人のグループに送ったメッセージ。懐かしい記憶が蘇る。あれからもう結構な時間が過ぎ去って、俺達もだいぶ大人になった。当時のいつかの会話が、まさかここに来て現実になるなんて。人生はいつ何が起こるかなんてわからない。だからこそ面白い。


「俺らの主将サンはなんて言ってる?」

「自分で読め」


ズイッと目の前に差し出された画面。俺たちの懐かしい会話を再現したようなあのメッセージ。あの時のあいつはギャーギャー騒いでいたな、なんて思いながら、返ってきた言葉を目で追う。


『俺もみんなのこと好きだよ』


垂らした絵の具がじわっと滲んで広がるように、青葉のように色鮮やかで透き通った感情が胸に溢れてくる。数年越しのあの時の返答が、あの頃の俺たちを思い出させる。


「花巻」

「なに」

「お前にだからいうけどさ」

「うん」

「俺はたぶんバレーに対して一番冷めてて。好きではあったけど、お前らみたいにバレーに青春捧げるとかは冗談でも言えなかったのよね」


それ今いうことか!?と隣で真剣に話を聞いてくれていた花巻は呆れたように大きな声を出す。テレビ画面には試合の始まる直前の会場が映し出され、周りの客たちは一層盛り上がりを見せている。


「まぁまぁ、最後まで聞けよ。バレーはもちろん心から好きだったけど、全てを捧げられると思えるほどじゃなかった。俺はバレーを真剣にやってるお前らが好きで、そんなお前らになら青春捧げられると思ってやってたの」

「な」

「俺の三年間の全ては、お前らなのよ」


「なんっっで今そういうこと言うかなぁ…!」唸りながら上を向いて目を瞑る花巻を見て笑いながら、視線をテレビに戻す。


『日本は現在、このアルゼンチンに2連敗を喫しています』


ソワソワザワザワしているのは会場だけではない。俺の心も、花巻の心も、きっと同じ感情を今は抱いているはずだ。


『話題なのはやはりアルゼンチン代表のセッター、オイカワ』


テレビに映し出されたのは、俺たちの主将。あの時の俺たちを導いてきた、たった一人のキャプテン。映し出されたその姿は堂々としていて、同じように日本チームにはあの時戦った相手校の選手たちがいて、そしてアスレティックトレーナーとして、俺たちのエースがいる。

俺たちの結晶が、世界に映し出される。

あの頃、あの瞬間。俺の青春は確かにこいつらだった。こいつらが作り上げた青春を、共に共有した。こいつらが大好きなバレーを、俺も好きだった。いつだってこいつらが大事だった。


"松川くんはさ、大事なものを無意識にちゃんと大事にできるよね。"


いつかの彼女の声がする。そよ風のように記憶の中をそよぐその声はいつだって穏やかで、優しくて、落ち着いている。

何一つだって、忘れはしない。

あの三年間の日々の全てが、今の俺を作り上げている。


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