As you think, so shall you become.

「最近ミョウジ呼び出されること多くね?何の話してんの?」

「んー、特にこれといったことではないよ」

「絶対嘘だろ。なんでそんなにわかりやすい嘘つくの」

「いいじゃん私のことは」


あの日からも変わらずいつも通り過ごしている。当日はいきなりのことで気が動転していたのかいろんなことを考えたけど、冷静になれば別にそんなにぐるぐると考えることでもなかった。私は別にこの土地に留まる理由なんてものは特にない。実家は県内だけどここからは離れているし、特別地元愛が強いとかそんなことも全くない。

だからといって引っ越しは面倒くさいし、東京の満員電車はこっちとは比べ物にならないと聞く。あっちに移った方が今より給料も多少良くはなるけど、こことは違って家賃だって同じように高くなる。都会での生活にワクワクする気持ちもないとは言い切れない。だけど正直このままでいいじゃんという気持ちの方が現段階では大きかった。その理由はただ単に、新しい生活にも環境にも人間関係にも、何事も全て面倒くさいという自堕落なものでしかない。

上司から何度もされるあっちでの仕事の話は確かに面白そうではあるけれど、やりたいかと聞かれると、まぁ、あんまり。という程度だった。やれと言われればやるけれど、そもそも私は仕事に対しての向上心がそこまで高くないのだ。やらなくて良いというのならやりたくはない。評価してくれている会社には悪いとは思うが。


「……小耳に挟んだんだけどさぁ」

「うん」

「夏以降に東京とこっちで社員の入れ替わりとかあるらしいんだよな」

「そうなんだ」

「それにミョウジの名前あるって聞いた」


古森の話を聞き流しながらキーボードを叩いていた手を思わず止める。私のその反応に「……ビンゴ?」と呆れたように問いかける古森に、「そうだよ」と短く返事だけして指先の動きを再開させた。これ以上は聞くなという私の心の声を聞き取ったのか、彼はそれ以上話しかけてくることはなかった。


「……ちょっと、ねぇ、離してよ」

「こうでもしないとお前逃げんじゃん」

「誰だってこんなことされれば逃げるに決まってる」

「いーから、来いって」


あれからお互い無言のままだった。気まずさが残り、何も言わずにそそくさと帰ろうとしたとき、横から伸びてきた腕が私のそれを掴み引きずるように連れ出される。いくら抵抗しようったって現役のバレー選手に敵うはずもなく、有無を言わさず連れてこられたのはいつか二人でご飯に来たあの店だった。

何にする?とメニューを見せられ、ろくに目も通さないままこの間と同じものを選択する。俺も同じのでいいやと笑った古森が手を挙げて店員を呼んだ。料理が届くまでも、届いてからも、食べ終わるまで彼はずっとくだらない話ばかりをする。きっとここにこうして連れてこられたのはこんな雑談をする為ではなくて、もっと違う話題をしたい為なはずなのに。彼は気を遣っているのか食事中にその話題を出すことはなく、お互いの皿が全て綺麗になった後にようやく目的の話題に触れるべく口を開いた。


「で、角名には言った?」


さっきまで笑いながら面白おかしくどうでもいいことを話していたとは思えないような、少し責めるような口調だった。黙り込んだまま首だけを横に振ると、「やっぱな」と額に手を当てて大きく息を吐かれる。


「なんで言わないの」

「…………」

「角名だけじゃなくて、俺にもさ。寂しいじゃんそういうの」


そう言って眉を下げた古森に申し訳なくなってごめんと一言謝る。少し考えるような素振りを見せた後、古森は「で、行くの?断るの?」と深刻な表情で言葉を続けた。

行きたい理由はない。でも行かない理由もない。仕事も土地も、私にとって惹かれる理由にも引き止められる理由にもならないのだ。


「……行くんじゃないかな」

「なんだよその曖昧な回答」


呆れたように眉を顰める古森に「角名のことはいいのかよ」と聞かれてもそれには答えられない。押し込めていた感情がまたむくむくと顔を出そうとしている気がして、胸のあたりがゾワゾワとした。

考えないようにしていた不安や不満と真剣に向き合ってしまったら、言葉にして伝えてしまったら、私はきっともう角名と一緒にいることができない。いさせてはもらえない。そうしたら私に残る選択肢は行くのみしか無くなってしまうのだ。例え向き合わなくてもこのままでは行く流れだけど。


「……角名はさ、人のこと好きになれないとか言うけど、あれ嘘だよ」

「なんで古森がわかるの」

「口に出さないだけで絶対ミョウジのこと特別に思ってるって」

「それは私が角名に合わせてるからだよ」


いつだったか、角名に言われたことがある。俺は他人の好きって言葉が信じられないんだよね、と。きっとそれは彼なりの牽制だったんだろう。好きになるな、と、そう言われている気がしてならなかった。残念ながらその時点で私は角名のことが好きだったけれど。

だからあの日彼にああやって声をかけたのだ。きっかけは私のその一言だったけど彼はわかりきったようにその言葉に乗った。そこから続く私たちの関係は、恋人のような口約束は交わさずにスタートした限りなくその関係に近いだけのものだ。

根本的に他人の感情を信じていない彼のその考えをひっくり返す力は私にはない。もっと真剣に愛を訴えられる子ならもしもがあるかもしれないけれど、私なんかみたいに特に物事に執着心も持たず、向上心もなく、諦めがちな女の言う「好き」なんてどうやって信じようと思うだろうか。思えないと思うからこそ、今まで彼に合わせてやってきたし、それに対してなんの疑問も不満も抱かないように目を背けてやってきたのだ。それでも知らぬ間に溜まっていく目に見えないストレスはこうして何かのきっかけがあるとすぐに顔を出してしまう。

好きだとか、そんな感情が彼になかったとしても他の子よりも大切にしてくれている自覚はあった。そのまま何事もなく過ごすことがでいるのならそれでいいと思っていたのは本当のことだ。でも、離れてしまうからもうこうして会えることは無くなるかもねと伝えたときに、引き止められることも惜しまれることもなく、ただ受け入れられてしまったらその時私はどうするんだろう。そんなことをダラダラと考えてしまって、なかなか角名にも古森にも告げられずにいたのだ。

他人の恋心を否定する彼は、それなのにまるで恋人のように私のことを扱う。何もなくても共に時間を過ごすし、くだらない連絡だって割と頻繁にしてくる。こうなる前は友達だったからと言っても、今はそうでは無いのだから、欲を吐き出すためだけの女にそこまでしなくったっていいのに勘違いするほどにその指先も声も優しさに溢れていた。

全く厄介な男に捕まったと心の中で唱えてみたつもりが無意識に口から溢れてしまっていたらしい。古森は「今更気づいたのか」とどこか揶揄うように笑った。そして、「自覚ないと思うけどミョウジも面倒くさいからな」と、眉を下げて困ったようにそう言った。


「で、この中で一番可哀想なのがそんなお前らに巻き込まれる俺ね」


とりあえずどうなるかわかんねーけど早めに話しておいた方が良いと俺は思うよ。そう言って伝票を手に取った古森は、「フラれたら慰めてやるし」と笑いながら席を立った。
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