Prejudice is an opinion without judgment.

バレーリーグのオフシーズン。シーズン中は飲まない酒もこの時期だけは多少解禁される。同僚の古森は久しぶりのビールに喉を鳴らし嬉しそうにクーっと唸っていた。俺たちが初めてお互いを知った時はまだ未成年の学生で、話なんかほとんどしたことがなく他校の選手として顔を知っている程度だったのに、まさか数年経ってこんな仲になっているなんて予想すらしていなかった。不思議な縁があるものだ。俺の隣で豪快に酒を煽るナマエもまた。


「なぁこれ追加していい?」

「いいよ」

「好きなだけ頼みな」

「お前らもなんか追加したいものないの」

「「ない」」

「あっそう」


そんなドンピシャに声合わせなくても。そう言いながら呆れたように笑う古森が、先程頼んだナマエの二杯目を彼女の方へ渡す。それを横目で見ながら俺も酒に口をつけた。


「角名、ミョウジがやばくなる前に止めてやれよ」

「わかってるよ」

「大丈夫私もちゃんとセーブするし」


なんて言ってたはずなのに。ぐらぐらと頭を揺らしながら襲いくる睡魔に対抗しようと抗っているナマエはなんとか意識を保っているギリギリの状態だった。あーあーと古森が呆れた声を出してナマエの前にある酒を全て撤去し、先程頼んだ水の入ったグラスを無理矢理押し付ける様に手渡す。グラスを握ったまま険しい表情で俯くナマエに「……ミョウジ?」と声をかければ、「角名……」と随分苦しそうな声を出した後、小さな声で吐くかもなんて言いだしやがった。


「嘘だろミョウジ、待て待て、良いから水を飲め目一杯!」

「いや、ほんとに、無理……」

「じゃあせめて横にでもなっておきなよ。後で起こしてあげるから」


唸るナマエの肩に手を添えてゆっくりと横にする。彼女はさっきまでいつも通りだったのに、急に酔い出したと思ったらあっという間にベロベロになった。一定のラインに到達するまでは全く変わらないのに、超えると一気に来る厄介なタイプらしい。ナマエとは割と長い間一緒にいるけどこんな風に酒を飲むのは初めてなので知らなかった。このメンバーで飯に行きはするけど酒は頼まないし、頼んだとしても嗜む程度で終わってしまうから。

横にした途端に完全に寝こけたナマエに自分のジャケットをかけてやる。お前って意外と面倒見良いとこあるよなと意外そうな顔をして言ってくる古森に「これでも兄ちゃんだから」なんて茶化して返してみれば「そういやそうだった」なんて笑顔で頷かれた。


「てかミョウジこのまま寝かせておいて大丈夫そう?」

「起こしても辛そうだしいいんじゃない」

「帰りまでに復活するかな」

「しなかったら送ってくから大丈夫」


俺のジャケットの裾を握りしめながら眠るナマエの頬に張り付いている髪の毛を払ってやる。「ミョウジ、寒くない?」と聞いてみれば、大丈夫と案外しっかりとした返事が返ってきた。そんな俺たちのやりとりを見ながら、お前らってホント仲良いよなと言い出した古森に「別に普通だよ」なんて返事をして、目の前に置いてあったつまみに口をつける。

俺とナマエが特にこいつには関係を隠そうとしていないというのもあるけれど、それを抜きにしても古森はなかなか鋭いやつだ。どこか引っ掛かりを覚えるんだろう。もしかしたらもう既に気付かれているかもしれない。

直接聞かれればきっと俺もナマエも古森になら「そうだよ」とすぐに答えるけれど、きっと世間一般的にはそこまで良いとはされないと思える関係なのも自覚してはいるから、聞かれないうちはわざわざ自ら俺たちセフレなんだよねなんてことは言わないようにしていた。


「俺の前では隠さないでもっと普通にしてても良いのに」

「……普通?」

「名前で呼んでんだろ?」

「あぁ、バレてたんだ」

「俺の観察眼なめんな」

「さすがだよ。隠し事ができなくて怖いな」


他人事のように笑いながら答えれば、そうやって俺だけ仲間外れみたいにされて隠されると流石に寂しいんだけど!と口を尖らせる。付き合ってるならもっと早く言って欲しかったよなんて言いながらグラスに残った酒を一気に煽った古森は、じとっとした目で俺の方を見た。


「付き合ってないけど」

「良いってここまできて隠さなくても」

「隠してねぇし」

「え、じゃあ何、まだ狙ってる段階?」

「いや?」

「え、でもお前らなんか、普通の友達にしちゃ距離近くね?」

「まぁ普通の友達ってわけでは無いかな」

「どういうこと」

「セフレ」

「あー!なんだそっちかー。……って、は?セフレ!?」


声でか、と思わず笑いながら取り乱す古森を見れば、俺とナマエを交互に見ながら「お前らってそういう関係!?」なんてさっきよりは少しだけ声量を抑えつつも慌てた様子で聞いてきた。

未だ眠りこけているナマエがタイミングよく俺の方に腕を伸ばして寒いだなんて言ってくる。もう打ち明けちゃったし、いいか。そう思ってその手を取って「やっぱ寒いんじゃん」と笑いながら壁にかけてあった古森のジャケットを指さして、これ借りていい?と聞くと、「良いけど……」なんて歯切れの悪い返事が返ってきた。


「つか言うなよセフレなら。隠せよ」

「隠してたじゃんギリギリまで」

「そうだけど!そうだけどさぁ!ミョウジも流石に嫌だろそれバラされんのは!」

「そうかな。ナマエは古森なら気にしないと思うけど」

「してくれ俺が気まずいから!!」


届いた新しいジョッキに口をつけながらそう叫んだ古森に、純粋な質問として「なんで?」と聞いてみる。確かにベラベラと言いふらすような事ではないけれど、実際の所なんでそんなに言われなきゃならない間柄なのか、俺にはそこまでよくわからなかった。


「なんでってさ、付き合ってないんだろ?」

「それが何」

「俺はまぁ……お互いが良いなら全然良いとは思うけどさ、もう少し焦るとかしろよ」


ハァとため息を吐く古森に顔を顰めると、何だよと少しだけ怯んだような声が飛んでくる。ゴロンと寝返りを打ったナマエのずり落ちそうになっているジャケットを掛け直しながら、未だ俺の方を見続けている古森に「わかんないな」と呟いて言葉を続けた。


「俺たちは確かに付き合ってないけど、何をそんなに騒ぐ必要があんの」

「何をって……」

「だって恋人同士だって最終的にするのはセックスでしょ。俺たちが仮に付き合ってたとしても古森の知らない所でセックスしてるよ。そんなに驚くことないと思うんだけど」

「おい、そんなにはっきり言うな」

「付き合おうっていう契約書も何もないただの口約束をしてるかしてないかだけでしょ。俺はナマエのこと大事にしてるし、お互い合意の上で溜まった欲望ぶつけ合ってるだけ。付き合ってても考え方は同じだろ?そこにその口約束が有るか無いかだけじゃん」

「……そう言われると何も返せなくなるんだよ。夢がないってか、随分冷めてるってか。まぁ角名らしいっちゃ角名らしいけど」


納得はしていないけれど理解しようとはしてくれているようで、それに古森らしさを感じる。「今日は?」という問いに、俺の家連れてくよと答えると「随分堂々とした持ち帰り宣言だな」と溜息混じりに返された。別に、今日はナマエもこんな状態だし、本当に心配だからただ連れて帰るだけなんだけど。


「なぁ、そういう関係から好きになったらどうすんの」

「なんねぇし」

「わかんないだろ。てか好きじゃねーの?」

「好きとか、そう言うのよくわかんない」

「なんだそれ」


眉を顰める古森にそのまんまだよと告げて、すり寄ってきたナマエの頭を軽く撫でる。俺は恋愛に心を動かせない。いや、少し違うかもしれない。動かすのが怖いだけ。下手な口約束なんてしたくはない。


「でもさ、人を好きにはなれなくても欲は溜まるんだよな。古森にもそれはわかるでしょ?」

「……それは、まぁ」

「本能だからどうしようもねぇじゃん。古森は彼女いない期間とかどうしてんの」

「聞くなよそんなこと……!」

「実際お前も彼女じゃない女の子とワンナイトとかしたことあるでしょ」

「だから聞くなってそんなこと……!!」

「え、もしかして無いの?……ごめん、俺古森って優しそうに見せかけといて割と普通にそういう流れに持っていけるタイプだと思ってた」

「やめろ!!そりゃあるけどそんな嫌な男ではねーよ!!」

「なーんだ、あるんじゃん」

「喜ぶなそこで!!」


あーもーお前打ち明けた瞬間に一気に吹っ切れすぎ!笑いごとじゃねぇから!!と古森はまた声を荒げ、「ここに佐久早とかいなくてほんとに良かったよ。お前はチームメイトが俺だったことに感謝しろ」なんて言って頭を抱える姿にもう一度笑う。

ようやくお開きとなり、支払いをしてくれている古森の代わりにナマエを背負い外でタクシーを捕まえていると、もぞもぞと動いたナマエがようやく目を覚ましたようで、酒で掠れた声で俺の名前を呼んだ。ごめん、私一人で帰るよ。なんて、どこからどう見ても無理な状態なのにそんなことを言い出す。ため息を吐いて今日は俺のとこに帰るのと言い聞かせると、今度何かお礼させてなんて言いながら彼女はもう一度ゆっくり目を閉じた。

俺の部屋にだってよく来るし、ナマエのところにだって行く。慣れたことなのに行為がない日にくることには引け目を感じるらしい。よくわからない。

古森が出てきたと同時に捕まえたタクシーに乗り込んで、助手席に古森が座る。途中で降りて行った古森に「また今度詳しく話聞かせろ」と言われたけど、これ以上は一体何の話を聞かせたら良いんだろうか。行為の内容とか?なんて考えながら、曲がり角を曲がると同時に大きく揺れたナマエの肩を支え引き寄せながら、家までの少しの時間を静かに過ごした。
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