お前には恋と愛の違いが解るか。
突然そんな質問をされたとしよう。誰にどこでなんてそんなものは置いておいて、重要なのは質問の内容だ。いきなり突きつけられたその難問を自信を持って解答できる奴は何人いるだろう。自信を持ってだ。曖昧な答えは求めてない。たぶんとか、だろうとか、そんな弱々しい逃げ道のある答えではなくて、こうだと言い切れる。そんな人物は果たしてこの地球上に何人いるのだろうか。
俺は正直に言うと全くわからない。恋と愛の違いはもちろん、それ自体をどう説明していいのかわからないんだ。恋って何だ、愛って何だ。そもそも人の感情ってそんなに揺れ動くものなのか。その人に裏切られたらどうするんだ。同じ大きさの感情を相手が同じように注ぎ続けてくれる保証はどこにもないのに。どうしてみんなそんなに自分自身を賭けた大博打が打てるのか。
でも、少しだけ解ったことがある。自信を持ってなんか答えられないけれど、恋も愛も自分一人、相手一人じゃ成り立たないということ。個人の感情のぶつけ合いでは駄目なんだ。受け入れて、寄り添って、理解しようと努力する。それにはお互いの歩み寄りが必要で、どちらか一方のみでは成立しない。
「角名、見てこれ」
「何」
「次の試合のチケット」
「え、来るの?」
「うん。古森にチケットの取り方教えてもらった」
「……俺に聞けば良いじゃん。言ってくれれば席用意したし」
「自力で取りたかったし驚かせたかったんだよ」
常にピークに位置するものなんてこの世にはない。一度頂点に上ればあとは下がっていくだけ。人の感情も同じ。いくら綺麗に表現しようが、永遠やら永久になんて言葉で飾ろうが、所詮脆くて悲しい人間の感情の一部でしかない。
だからこそ離さないように向き合わなきゃならない。その対象が俺を見続けてくれるように、俺もそれをしっかりと見つめ返す。
自分自身を賭けた大博打。そんな危ないものにならないように覚悟を持って掴み続ける。手を離さないように試行錯誤する。信じることは怖いことだ。だけど一方的な想いではないと知ることが出来たらその恐怖も少しずつ薄れていく。
「早くまた角名の試合見たいなー」
「……また?」
「言ってなかったけど私が角名に好きって打ち明けたあの日の試合、見に行ってたの」
「え」
「古森伝えてなかったんだ」
「何も言われてねぇよ。てかまた古森かよ」
“好き“と、そう言われることは、その感情を向けられることは、その感情を向けることは、俺にとっては恐怖であり、心を空にする絶望的な行為に値した。大切にしたいと思えば思うほどにその対象に対して好きだという感情をぶつけることが出来なかった。俺はその対象をずっと大事にしたいし、向こうにもそう思っていてほしいから。自分のピークを悟ることも相手のピークを悟ることもしたくはないし、いつか心変わりしてしまうかもしれないと自分と相手の感情に疑いを持つこともしたくなかった。
この俺の面倒臭いだろう考え方を否定することなく向き合ってくれたナマエは、俺の絶望を遠ざけるために覚悟を決めると言ってくれた。ならば俺はそんな彼女を信じる覚悟を決めるしかない。お互いの絶望を二人で遠ざけていく。簡単なことじゃないかもしれないけど、簡単なことではないからこそ、これは一人としか出来ない事なのかもしれない。
俺の唯一の女の子は、俺を唯一だと言ってくれる。他に目を向ける暇も、そんな器用なことも俺には出来ない。不器用にひたすらバレーだけをして生きてきた俺は、不器用にひたすら彼女と向き合っていくしかないんだ。
「コートの中の角名はね、いつもより感情豊かだよ」
「自分ではわかんないな」
「素直でめんどくさくなさそう」
「急にディスるじゃん」
「あはは」
「笑って誤魔化せると思ってんなよ」
恋とは、愛とは。その違い。そんなものやっぱり全く解らない。
世間一般的な答えを俺は知らないから、俺なりにその答えを導き出してみようと思う。百人いれば百通り、正解も不正解も無いというし、もっと人生の後半により良い答えが見つかるかもしれないけれど、今の俺が考えたこれが現時点での俺にとっての答えとする。
覚悟。努力。向き合うこと。信じること。快感。高揚感。手放したくないもの。そばに置いておきたいもの。感情を解放出来るもの。大切なもの。きっと他にもまだまだたくさんある。この先、生きていく中で新たな意味も生まれてくるかもしれない。
「ナマエ」
「ん。わっ、え、なに、重っ」
「頑張って受け止めて」
「いやいや無理だって。わ、潰れる潰れる!」
「大丈夫。そんな柔じゃないでしょ」
耳元でそっと囁く。俺の声に応えるように彼女がこっちを向いた。しっかりと俺の目を見て、柔らかく笑いながら。
「ナマエ」
「そんなに名前呼んで、どうしたの」
上記に記したいくつもの意味を一言で表した時、ほとんどの人々は恋だとか愛だとかの単語を当て嵌めるんだろう。
しかし俺が俺なりにそれら全てを表す言葉を見つけようとするならば、それは。
「私もこれからは倫太郎って呼ぼうかな」
「うん。それがいいな」
「倫太郎……うーん、呼び慣れないとなんか照れるね」
「たくさん呼んでくれていいよ。俺もたくさん呼ぶ。ね、ナマエ」
「なんですか、倫太郎」
「ナマエ」
「……えー、なんか呼ばれすぎるのも照れるな」
「はは、こんなにいっつも呼んでるのに?」
「うん。なんか倫太郎に呼ばれるといつまで経っても照れるわ」
「いろんな感情乗せてるからかな」
「え、なにそれ。どういう意味?」
「それは自分で考えて」
それは、彼女の名前以外の何者でもない。