Keep hope alive.

てか古森遅くない?そんなことを話しながら、ボールを拾いにいった彼をキョロキョロと探せば、彼は少し離れたところで小学生の集団に捕まっていた。

囲まれて団子のようになっている彼が私たちの視線に気づいて手を挙げる。すると小学生たちも同じようにこっちを向いて、そしてパァッと花が咲くような嬉しそうな笑みを浮かべて全速力でこっちへと駆けてきたのだった。


「角名選手もいた!!」

「…………え、俺?」


やばいどうしよう。そう言いながら彼はどんどんこっちへと近づいてくる数人の集団から隠れようと私の後ろへと回るが、しっかりと相手に顔を見られてしまっているし私じゃ大きな角名のことはどうやっても隠しきれない。ものすごい勢いでやってきた小学生たちは古森にしていたのと同じように角名のことを取り囲んだ。私はその輪に捕まらないように少し離れたところでそれを見守る。

どうしてここにいるの?スパイク打ってよ。ブロック教えて!とワクワクした面持ちで角名を見上げるキラキラの綺麗な瞳たちに、参ったという顔をしながら角名は両手を上げいつの間にか私の横に立っていた古森に視線で助けを求めた。

古森がしゃがみ込んでその子達に声をかける。少しだけでいいなら一緒にやる?なんて、きっとその子たちにとってそれは他にないほど嬉しい言葉だろう。


「ごめんミョウジ、ちょっとだけ休んでて」

「全然気にしなくていいから。ちょっとじゃなくていっぱいどうぞ」

「俺も休憩したいんだけど……」

「がんばれ〜」


手を振ると角名がムッとしたようにこっちを見た。子供たちの前でそんな顔しないのと苦笑いをして、荷物をまとめていた近くに座り込む。

彼らは二チームに分かれて試合形式でゲームをするつもりらしく、可愛らしい元気な声で「俺古森選手と一緒がいい」「俺は角名選手」と二人の手を引っ張りながら楽しそうにチーム決めをしていた。ようやくうまいこと別れたらしくすぐにゲームが始まっていく。二人はもちろん子供相手に全力になることはせず、しかし手を抜きすぎることもなく、みんなでラリーが続けられるギリギいの難易度をうまく調節しながらなんやかんや楽しそうにボールを追いかけていた。

いつも普通に一緒にいるけど角名も古森もこうして地元のバレー少年たちにとってはヒーロー的な存在で、私は会場に直接顔を出したことはないけれど、コートに入ればたくさんのファンが声援をかけるプロの選手なのだ。不思議な感じだ。私の知らない彼らがそこに存在している。

わははと笑い声とボールの弾む音が響く。決められて少し悔しそうにしたり、決めて大人気なく口角を上げたり、仲間のチームの子にアドバイスをしたり、そのアドバイス通りのプレーができたことを共に喜んだり。古森と比べれば彼の表情の変化や動作の大きさは小さいかもしれないし、あまりよく見てない人にはわかりづらいかもしれない。けれどよく見ていればすぐにわかる。あの角名がこんなにも豊かに何かに没頭する姿を目にしたのは初めてのことで、今の私は正直驚きというよりも戸惑いの方が大きかった。

角名って、バレーボールが本気で好きなんだな。

当たり前か。彼はバレーの強い高校にスカウトされて、地元を離れ他県の学校に通っていたと聞いた。卒業してもこうしてプロとして続けるくらいだ。とりあえず片っ端から面接を受けまくって、内定をもらえたからこの会社に入ったなんていう私なんかとは比べ物にならないくらいに、彼にはこの企業に入る明確な理由と目標と想いがあったのだ。

そんなに一途に真っ直ぐブレることなく歩み続けるってどんな感じなんだろう。私には到底わからない世界だけど、わからないからこそ心の底から尊敬する。

ボーッとその様子を眺め続けていると、ようやくゲームが終わり小学生が名残惜しそうに帰っていった。ドカッと私の目の前に腰を下ろした二人がとても疲れた顔をしながら「もう無理」と唸っている。笑いながら傍に置いていた飲み物を差し出した。


「本気でやるよりも絶妙に気使いながらやる方が倍疲れるな」

「俺は正直途中から投げ出したくなってた」

「でも角名も古森も楽しそうにしてたじゃん」

「楽しいは楽しいんだけどなー。それはまた別の話っていうか」

「二人とも本当にバレー好きなんだね」

「まぁな」


ニカっと笑った古森とは裏腹に、角名は何も言わずに飲み物に口をつけたまま。「角名もでしょ?」と話題を直接振ってみれば、そこでようやく反応を示した角名が「まぁ楽しいは楽しいけど」と少し言葉を選びつつ口を開いた。


「俺はやりたいからやってるってだけ」

「……それを好きって言うんじゃねーの?」


眉間にシワを寄せた古森が角名に問いかける。少し考えるようにした角名は、しばらくしてから「やるべきことがそれなだけだから取り組んでるだけ」と言ってそう一度ペットボトルを傾けた。



「かんぱーい!」

「って言っても私も含めてみんなノンアルだけどね」

「仕方ないよ明日も練習だし」


体力あるなーと感心したように呟けば、「ナマエの体力がなさすぎなだけじゃん」と馬鹿にしたようにニヤニヤしながら角名が言う。その含みのある言い方に膝をバシッと叩くと彼は「コワ」と薄く笑って眉を顰めた。


「…………」

「……どしたの古森、そんな顔して」

「どうしたのじゃねーよ」


ジトっとこっちを見る古森の視線が私たちに突き刺さる。何が言いたいのかわからなくて、困ったように角名の方を向けば、彼も同じタイミングで私の方を向いたのでバッチリと視線が合ってしまった。


「調子狂うなー」

「最近古森ずっとそう言ってるよね」

「お前らのせいでな」


はぁと大きくため息を吐いた。ここ最近何度もこんな感じの古森を見る。その原因が私たちであることは自覚しているが、それでも「幸せ逃げちゃうよ」と茶化す他なかった。


「俺の幸せちょっっっとだけならくれてやるからお前らのとこに飛んでけ」

「「優し〜」」

「ふざけてるわけじゃねーから!自分の幸せ分け与えてでも早く解決したほうが、すぐに心が軽くなってきっともっと俺は何の心配もなく今後幸せになれると思ってます」

「急に口調変わった」


ケラケラと笑う私たちとは逆に、古森だけが真剣な眼差しで静かにこの空間に佇んでいた。


「なぁ、お前らさ、本当にそれでいいわけ?」


そう問いかけた古森には何も答えられなかった。角名ももちろん何も答えはしない。行く、行かない。離れる、離れない。悲しいけれど私たちなりに結果はもう出たことなのだからと、そう言ってしまうのはここまで私たちのことを今でも考えてくれている古森に悪くて。

角名の隣で素直によくはないよと否定することも、古森の目の前でいいんだよと無理やり肯定することもできなかった。


「俺だけなの?未だにミョウジも一緒にこのまま三人仲良くやってこーぜって思ってるのは」


視線を落としてドリンクに口をつけた古森のその言葉にグッと下唇を噛んだ。隣は見れなかった。彼も古森と同じように悲しそうにしているのか、はたまた何も思っていないような無表情のままなのか、そんなことを考えていたのかと驚き笑っているのか。怖くて確認は出来なかった。

今日まで、私は角名との関係を後悔をした日なんてなかったのだ。いろんなことがあったけど、彼とこうなれる少しだけ特別な存在でいられたとそこに満足をして、それを辛く思ったことも嫌だと思ったこともなかった。けれど今初めて後悔をしている。

彼とずっと普通の友達のままでいたならば、私はこの古森の言葉に「私もそう思ってるからこれからも仲良くしてよ」なんて笑って返せていたんだろうか。仲良しなだけでは説明できない複雑な関係になってしまったからこそ、私たちの間に純粋な友情がなくなってしまったからこそ、うんともすんとも言えないままただ手元に抱えたグラスの氷が少しずつ溶けて行く様を、じっと見つめることしか出来ないのだ。
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