Funny Bunny



澄んだ冷たい空気。息が白くなることを終えた冬の終わりと春の始まりの境。水平線に届かぬうちにビルの間に落ちていく夕日を眺める。指先がじわじわと温度を無くして、少しずつ感覚が鈍くなっていくのを他人事のように遠く感じた。

あの日、こんな風に澄み渡った濁りのない空の下で、手を繋いでイヤホンを分け合って二人で同じ曲を口ずさんだ。左耳に付けたイヤホンから流れてくるのは、周りの友達は知らないようなマイナーなバンドのマイナーな曲。それと同時に、たまに音を外す彼の上手いとも下手とも言えない絶妙な歌声を右耳で拾った。繋がれた左手はこの季節の冷たい空気なんて感じさせないくらいに温かくて、お気に入りの曲がたくさん入った小さな音楽プレーヤーを右手で握りしめていた。

ゆっくりと一歩踏み出す。あの日とは違う道を二人で。長く伸びた影が私達の後をついてくる。みんな一緒の指定の制服に袖が通せなくなってからもう何年が経過しただろうか。あのバンドは知らぬ間に解散してしまったらしい。音楽プレーヤーなんてもうほとんどの人が使ってない。スマホを開いてアプリを起動する。たくさんの曲名が羅列された中から、懐かしいタイトルを探し出して選択した。

私の左耳と彼の右耳を繋いでいたカナル型の有線のイヤホンはもうどこにもない。代わりに無線のBluetoothのイヤホンが私たちの片耳を塞いで、周りの喧騒をかき消すように懐かしい音を奏で続けた。繋がれた左手から伝わる温もりが身体中を駆け巡って全身を暖めていく。私たちを繋いでいた目に見える線は無くなってしまったけれど、その代わりに今の私たちの間には目に見えない強力な繋がりが確かに存在している。音楽プレーヤーで同じ曲を聴いていたあの頃と同じように、アプリ内の共有プレイリストでお気に入りの曲を二人でセレクトしあった。

今でもそのリストに入っているマイナーバンドの冴えないオリジナル曲は、こんなにもチープでありきたりなのに頭からそのメロディが離れることがなかった。十代の頃の淡い記憶を、いつまでも忘れられないのと同じように。

私はこれから先、十代のあの日々も、彼と再会したあの日のことも、そして今この瞬間も、かけがえのない大切な記憶として思い出しながら生きていくのだ。いつだって今は過去になる。昔も今も、これからも、その一瞬が過ぎ去ってしまえば全てが過去になって、全てが大切な思い出と化す。


「瀬見」

「どうしたいきなりそんな懐かしい呼び方して」

「あの時もこうやって歩いてたなーって思って」

「怒らせたのかと思ってびっくりした」

「ふふ」

「……澤」

「なに?」

「懐かしいから呼んでみただけ。お前いっつも俺が呼ぶとおんなじ顔してこっち向く」

「え、どんな顔?」

「自分で確認してみ」

「いや、自分じゃわかんないし」

「じゃあいいや。今も昔も俺だけが知ってればいいし」

「……そっか。ふふっ」

「なんだよ、やけに嬉しそうじゃん」

「まぁね」


私たちはこれからも、いつかの思い出になる今日を生きていく。




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