2022年7月7日

七月七日。といえば七夕だ。つまり一年に一度だけ織姫と彦星が会うことが許される、遠距離恋愛の大先輩の大切な一日だ。

日にちは違えど俺たちも今まで何年もの間一年間に会える日数を限定されてきたから彼らのその気持ちはよくわかる。でも、俺たちは今はもう一緒になって、遠距離なんていう言葉とはおさらばした。だから今年は二人同じ場所で同じように輝く天の川を見上げることができる。そう、思っていたのに!!


「どうして今隣にいるのが岩ちゃんなのっ!」

「出てってもいいんだぞ」


頭を抱える俺に興味なさそうに岩ちゃんが答える。周りにいる数人の選手たちが怪訝な顔をしてこちらを見ていた。いけない。クールな及川さんのイメージが薄れてしまう。一旦リセットしようと席を立った。どこに行くんだと言うような視線を投げる岩ちゃんに「トイレ」とだけ伝える。

俺は今とある国際大会に出場中で、その開催地の一つが日本のためここにいる。もちろん心も来なよと誘った。でも彼女は別の開催地にはついてきてくれたけどこっちには来なかった。日本に行くことよりも日本代表との試合を優先するなんて!と自分でもよくわからない駄々をこねてみたけど、「日本には八月に行くし」と言われてしまったらそれ以上何も言えなかった。

ちなみに日本戦は別の開催地で行われた。日本の応援団の一人に見えるだろうけどと言いながらも、俺のユニフォームを現地でしっかり着てくれたのもすごく嬉しかった。

全試合ついてきてくれればいいのに。とは思うけど、俺たちは何週間か前から入って合宿をしたりしているからなかなか一緒にいる時間は取れない。それに心の仕事の都合とかもあるし、時間的にも体力的にも彼女に相当負荷がかかる。だからこうして国際的な大会はどこか一箇所にでもついて来てくれるだけでも相当ありがたいこと。っていうのはわかってるんだけど、やっぱり会いたいものは会いたいじゃん!!

バチっと軽く頬を叩いてロビーに戻ろうと引き返した。気持ちをリセットするつもりが全然出来なかった。むしろもっと心に会いたくなっちゃったかも。なんて思っていたら遠くから岩ちゃんの笑い声が聞こえてくる。何かあったのかな。そう思いながらゆっくり近づくとどうやら電話のようだった。邪魔はしないように静かに向かいの席に腰を下ろす。

そういえば俺のスマホどこやったっけ。トイレに忘れた?いや、使ってないから多分ここに置いたままだ。でもテーブルの上を見てもそこには飲みかけのコーヒーカップが二つと岩ちゃんのスマホしかない。あれ?盗まれた?日本のホテルで?岩ちゃんもいるのに?電話してるのになんでそこにスマホあるの?


「ってそれ俺のだよね!!」

「電話かかってきてたから代わりに出てやったんだよ」

「なんで勝手に岩ちゃんが出てるのさ!誰と話してんの!?」

「高杉」

「ちょっと!!今すぐ俺に代わってよ!!」


もしもし!?と勢いよく言えば、電話相手がいきなり俺になって驚いたように心が短い声をあげる。今こっちは七日の午後一時。つまりあっちは同じく七日の時間は夜中の一時だ。


「こんな時間にどうしたの?何かあった?」

『特になんでもないんだけど、今岩泉くんが徹がなんか騒いでるぞってメッセージくれてね』

「何それ」

『織姫と彦星だっけ?』

「岩ちゃんそんなこと言ったの」

『恥ずかしいやつだよなとも言ってた』


目の前で呑気にコーヒーに口をつける岩ちゃんを睨んでみるけど、こっちの視線に気がつきながらもなんの反応も示さない。心は岩泉くんに申し訳ないから少しだけ話してすぐ切るねと言いながら、「そっちはどう?」といつも通り俺の様子を伺ってくる。

今日は他の国は試合をしてるけど俺のチームは試合がない。そして日本も。それを知っているからきっとこうしてこの時間でも電話をくれたんだろう。ここ数日間の様子とかを簡単に伝える。心も変わりはなさそうだ。なんだかこうして正反対の時差で電話をするのは久しぶりで懐かしい。

電話越しに聞く彼女の声は実際よりも少しだけ低く感じる。前はこの機械越し声の方がうんと聞いていたはずなのに、今ではこの音が懐かしいと感じられた。


『さっきのさ、岩泉くんが教えてくれた徹が騒いでた彦星と織姫がどうのーってやつ』

「心も寂しいって思ってくれてる?」

『確かに寂しいは寂しいけど……』

「何さその微妙な感じ」

『うーん、会いたいとはもちろん思うけど、私は織姫にはなりたくないし、徹に彦星にもなってほしくないなぁと思って』

「一年に一回しか会えないから?」

『ううん、夢の無いこと言うようだけど、彦星と織姫が会えなくなった理由がちょっとなぁ』

「どんななの?」

『恋愛に熱中しすぎて二人が仕事をおろそかにした結果、呆れられて怒られて引き裂かれちゃったの。でもそしたら会えなくなったのが寂しすぎてまた二人は全然仕事をしなくて、それで困った天帝がじゃあ仕方がないから一年に一度だけなら会ってもいいよって許可をくれたんだよ』

「……なんか、簡単に言うと自業自得?」

『可哀想だけど、その話を聞くとそう思えちゃうよね』

「ちゃんとしてれば引き裂かれないままずっと一緒にいれたってことだもんなぁ」

『だから私は離れてて寂しくても自分のやるべきことを互い頑張りあって、それで一年に一度じゃなくて、もっとたくさん会える関係でいたいよ』


自分で言うのもなんだけど、私たちはお互いちゃんと頑張り続けたから遠距離恋愛を終えられたんだもんね。そう言った心は、自身の発言に少しだけ恥ずかしそうにしながら「もうそろそろ切るね」なんて言って柔らかな声で笑った。「俺もそう思う」という言葉に嬉しそうな声を漏らした彼女に最後におやすみと言って通話を終えた。

俺の様子に気がついて「終わったか」と自分のスマホから顔を上げた岩ちゃんに、思わず「ねぇ」と小さな声で問いかける。


「……心って強くない?」

「今更気が付いたか」

「わかってたことだけどさ、なんていうか……ハァー」

「せめて言葉にしろよ」


離れていても精一杯頑張ったからこそ現在の俺たちの関係性があって、今もこうして離れてはいるけどお互いしっかり怠けずにいるから未来を信じられる。心は俺といるようになった今だって自分自身の力で立ちながらしっかり俺のことを見ていてくれていて、だからこそ俺はこうして今も全力でコートの上に立つことができているんだ。


「あーあ、早く明日来ないかなー」


なんで今日は試合ないんだろう。なんて思わず思ってしまう。体力の有り余りすぎた学生のこぼす一言みたいだ。

日本の皆さん、さっきまでの俺みたいに、本日一番有名だろうカップルに想いを馳せながら自分達のことを重ねちゃったりしてる人、きっとたくさんたくさんいると思うけど、どうやらそのカップルを参考にするのはあまりオススメ出来ないみたいですよ。じゃあどこのカップルの遠距離恋愛を参考にすればいいかって?お互いの努力の積み重ねで脱遠距離を果たすことができた、俺と心なんてどうですか。

なんて、こんな風に強気に馬鹿げたことを考えながら今を歩めるのも、やっぱり心が常に怠けることなくずっと俺の隣で頑張り続けてくれたからなんだろうな。

俺も彼女とは引き裂かれることなく末長くずっと一緒にいてやるって思ってるから、彦星みたいにはならないように、明日も明後日もその先も、全力で目の前のことに挑戦して、怠けず頑張り続けるよ。


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