2022年5月7日

高校生になったら、私にも優しくてかっこいい彼氏ができて、手を繋いで隣を歩いて一緒に笑って、お互いがお互いのことを一番に大切にしていて、どこの誰が見てもいつも幸せそうな関係になれる。って、そう思ってた。


「あんたまた彼氏と別れたの?」

「うん」

「なんで?」

「なんか……理想とは違った」

「この前もそんなこと言って付き合ってすぐ別れてたじゃん」


ハァとため息をついた彼女は小さい頃からずっと一緒にいるからか私に対して容赦がない。グシャッと握りつぶしたお菓子の袋を道端のゴミ箱に投げ入れて、もやもやとする心を晴らすように空に向かって腕を伸ばした。


「理想高すぎるんだよ」

「そんなことないよ」

「いーや高いね。彼氏っていう存在に憧れすぎ」

「そんなこと、ないよ」

「あんたのその高い高ーい理想を満たすような男が一体どこにいるって言うの。ドラマとか映画の見過ぎじゃない」


頑張って探し歩いてみたら?地球の裏側にまで辿り着いても見つけるのは難しそうだけど。そう言って立ち上がった友人は私を置いてさっさと行ってしまう。慌ててそれに着いていく。少し説教じみた友人の言葉に何か言い返したくはなるけど、その通り過ぎて何も言葉が出てこない。

別に流行りのティーンズムービーには興味ないんだ。ドラマも映画も、作り物の世界で都合が良すぎる展開ばっか。どんなハッピーエンドで終わろうが、残念ながら私は、現実味のないストーリーの中の安っぽい二人組に心の底から惹きつけられるような性格じゃない。


「おーい!!」


遠くから聞こえたその声に顔を上げる。大きく手を振りながら笑うその人に「久しぶりー!」と言って駆け寄る友人を追いかけるように私も足を早めた。


「学校帰り?」

「そう。トールは?なんでこんな所に一人でいるの?暇なの?」

「暇じゃないからね!?心のこと待ってんの!!」


そう言うと同時に店から出てきた心ちゃんは、前髪を整えながらお待たせと言った後、私たちの存在に気がついて「あ、こんにちは!学校帰り?」なんてトールと同じ質問をしてくる。


「そう。で、この子が彼氏と別れちゃったから、今日はこれから次また頑張ろうパーティ」

「ちょっと、その話はしなくても良いじゃん!」

「あー、だから何となく落ち込んだ顔してんだ。今日はずいぶん大人しいなって思ってた」


私の顔を見ながらそう言ったトールは、少しだけ眉を下げて困ったように笑った。


「心、そろそろ行く?」

「そうだね」

「もう行っちゃうの?」

「私たちこれから用事があるんだ。ごめんね」

「今度ゆっくり話そ!また学校でのこと聞かせてよ」

「じゃあ私の恋話聞いて慰めてよ。その時は駅前の新しいカフェでトールの奢りね」

「え?なんで?」

「あそこ気になってたけど高そうだし私もそれが良いわ」

「良いね。私も楽しみにしよ」

「心まで!?」


バイバイ、気をつけてね。そう言った心ちゃんとトールは私たちに手を振って歩いていった。それに友人も大きく手を振り返していて、私も慌てて手をあげた。

友人はスマホを取り出してこれからどこで何を食べるか検索し出す。私は、しばらくその場から動けなかった。ただただぼーっと目の前を眺めていた。

仲睦まじい男女。道の途中で何かに気がついた心ちゃんが腕を伸ばしてそれを指さす。トールは少し屈んで彼女に顔を近づけ、同じ目線で同じものを見ていた。何を言ったのかはここからではわからないけど、突然心ちゃんがトールの肩を軽く叩いて距離を取る。叩かれた場所を押さえて大袈裟にリアクションを取ったトールは笑いながら心ちゃんとの距離を再度詰めて、自然な流れで手を取った。

二人並んで歩く。歩幅も歩数も違うのに、同じ速さで。

少しずつ遠くなっていく二人を見つめながら、「あんたさぁ」と友人がぽつりと言葉をこぼした。


「やっぱすんごい理想高いよ」

「……そうかもね」


少しずつ姿が見えなくなっていく二人に背を向けた。私もいつか好きな人が出来たらああなりたい。彼氏が出来ればそういう関係には簡単になれるものだと思ってた。だってあの二人は見かけるたびに、当たり前のように毎回ああなんだもん。


「何食べたい?あんたのためのパーティだから、何でもいいよ」

「……ポテト。ケチャップたくさんかかったやつ」

「ジャンキー」

「まずは気力つけるの!」


トールみたいな男の人にも憧れるけど、心ちゃんみたいな女の人にも憧れる。どちらか片方ではなくて、あの二人だから成り立っている関係なのだと高校生の私にも十分理解できるくらいに、二人は二人で一つだった。


「トールまたバレーのなんかで今年の夏に日本に呼ばれてるから行くってこの前言ってたじゃん?」

「うん」

「あんたも連れてってもらいなよ」

「何でよ。私は日本人の彼氏が欲しいんじゃなくてあの二人みたいになりたいだけ!」


ドラマや映画の、現実味のないストーリーの中の安っぽい二人組にはそんなに興味が湧かない。だって作り物でも何でもない現実に、流行り物のティーンズムービーよりももっと幸せそうな二人がいることを私は知っている。

私の初恋の人は、とても幸せそうに大切な人の隣を歩きながら、こうして今でも私の憧れの存在でいてくれている。


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