2021年8月7日

徹は今、表彰台の上で仲間とメダルを掛け合いながら笑顔でカメラに手を振っている。私はそれをテレビ越しに見ていた。

同じように立派なメダルを首からかけた日本選手陣と珍しく記念撮影をする彼の姿を目に写しながら、込み上げてくる興奮を抑えることもできずに傍に置いていたスマホを素早く手に取った。テレビ画面で笑う徹を写真に収める。それを彼のトーク画面に貼り付けた。

ちゃんと全部見てるよ。そう伝えたかった。彼は今はこの私からのメッセージを見ることはないけど、それでも伝えたかったのだ。お疲れ様。その一言を打ち込んで送信ボタンを押す。ポコっと少し気の抜ける音を出してしっかりと彼との画面にそれは刻まれた。

ここがゴールなんかじゃない。徹にとってまだまだ道の途中だろう。そして、私も。

日本を発って、アルゼンチンへと行く。街の様子も道行く人も、言語も季節も何もかもが違う世界。宮城から東京に出てきたのとは訳が違う。間違いなく、新たな人生のスタートだ。

パソコンやタブレットを持っていけば世界のどこでも出来る仕事。この仕事を選んだ時は、彼がこうして海外に行ってしまって、私もそれについて行くことになるなんて全く想像していなかった時だ。むしろ彼のことを好きでも何でもなかった時。まだ彼の生き方を知らなかった時。まさかこんな形で目指して良かったと思う日が来るなんて思わなかった。これであっちに行っても私は私で仕事もできる。

徹の過去の経歴の全てがさらに彼をドラマチックに飾り演出したけれど、少なからず私にもあったかもしれない。掴み取った奇跡ではない偶然が、私と彼の関係をまた一段と良くさせる。


『心、お疲れ』

「それはこっちのセリフだよ」


最後まで徹は自分のバレーボールを貫いていて、そしてやっぱりそのコートの中の誰よりもかっこよく見えた。


「なんかもう、すごいね徹」

『メダリストになっちゃいました』


自慢げなその声から、見えないのに彼の表情までもがしっかりと思い浮かぶ。

プロになることでさえ凄い。そしてさらにオリンピックに出場する代表選手に選ばれるなんて本当に限られたことなのに、試合に出て、勝利をして、遂にはメダルまで獲得してしまった。

高校、いや、私が知らないだけで彼はバレーボールをもっともっと前からやっていただろう。彼の進路も、今までの全ての選択もここまでの努力も、その何もかもが凄いことだと思った。凄いだなんてシンプルで簡単な言葉だけど、この言葉以外では言い表せない。心の底から尊敬している。

やっぱり、私は彼の生き様に惹かれるのだ。こんなにもグッと締め付けるように心臓を掴んで離さない。どんな映画を見たって、本を読んだって得られない感動と勇気を、徹はいつでも私にくれる。

グスッと鼻を啜れば徹は驚いたような反応を見せた。そしてそのあと少し意地悪げに『泣いてんの〜?』なんて茶化したように聞いてくるのだ。泣いてない。そう答えた声が掠れて少し裏返ったのを、彼はまた笑って指摘した。


『心が見てくれてたからね。こんなとこまで来れちゃった』

「たとえ私が見てなくても、徹は自力でここにきたよ」

『それはそうなんだけどさ!でも、いろんな場面で一人じゃないって思えたことは、俺が歩んでいく中で凄くありがたいことだったよ』

「……そう言ってくれてありがとう。でも、まだこれからもでしょ」

『もちろん。ここは一つの目標であって、通過点に過ぎないからね』

「うん」


ゴールはない。もしあったとしてもここではない。私も彼も、先の見えない道をまた新たに歩み始める。いつか訪れる最後の瞬間まで、私たちは絶対にこの足を止めることはしないだろう。

2021年8月7日。メダルを首からかけて笑う徹の姿を、私はこの先一生忘れることはない。


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