2021年8月1日

ニュース番組に徹が映っていて、慌ててリモコンの録画ボタンを押した。

オリンピックは国内外問わずたくさんの選手が紹介される。注目競技はもちろん、いろんなことで話題に上がる選手がたくさんいるからだ。インタビューの素敵な言葉とか、面白い発言や解説とか、最年少だとか最年長だとか。話題は人それぞれ。

高校卒業後単身でアルゼンチンに渡り、帰化をして他国の代表となり、そしてこの母国で開催されるオリンピックに日本代表ではなくアルゼンチンの代表として出場する。そんな彼がメディアに注目されない筈がなかった。

最初こそ徹の知名度は日本ではほとんどなかったけれど、今はかなりの注目を受けている。話題性も華もあるとはいえたった数日でこの脚光の浴び方。それは彼がもともと持っているカリスマ性もあるんだろう。

さらに最近は日本のバレーボール界も妖怪世代の台頭が騒がれ、お茶の間の人気を博しとても盛り上がっている。そして彼はその妖怪世代の選手たちと全くの同世代なのだ。高校時代にはあの牛島選手や日向選手とも対戦をし、代表選手陣の中でも最も注目を集める影山選手とは、同じポジションというだけでなく直接の先輩後輩ときた。

彼の今までの経歴の全てが、この時を待っていたとでもいうように瞬く間に日本中に広がっていく。彼の積み上げてきたものが一つ残さず彼の今に華を添える。


「やばいね及川、一気に超有名人じゃん」


コーヒーに口をつけそう呟いたのは高校時代の親友。たまたま応募した別競技のオリンピックの観戦チケットが当たったとかで東京に来ているかなりの強運の持ち主だ。二人してテレビの特集を見ながら高校生の頃の思い出話に花を咲かせた。


「正直あんたたちがここまで続くとあの時は思ってなかったよ」

「だろうね。徹なんかやめとけってずっと言ってたしね」

「申し訳ないけど絶対一時的な穴埋めだとか思ってたもんね」

「きっと誰もがそう思ってたと思うよ」


歴代の彼女たちの存在を知っていればみんなそう思うだろう。キラキラした女の子たちはみんな徹の横にいても違和感がなくて、私もまたよくそんな美人を見つけ出してきたなと感心していたほどだ。告白した時も自分の気持ちと彼のバレーへの想いをただ伝えたかっただけだったし。それが驚いたことに付き合えることになって、そしてここまで来た。正直私も驚いている。


「及川って彼女できるたびに好き〜みたいなことよく言ってたけどさ、傍から見れば本気じゃないなぁって感じだったじゃん」

「そこまで露骨だったかはわからないけど」

「他人好きになれないのかなーみたいなさ。というか本気で好きになる気はないみたいな?口ではヘラへラ言ってるけどなんかどっか冷めてる感じしたよ。申し訳ないけど。だからあんたとの話聞いて、及川のこと何にも知らないけど勝手に安心してる」


ほら見てとSNSの画面を向けられ、そのスマホを受け取り確認する。"及川徹''と彼の名前で検索されたそこにはたくさんの呟きがヒットして、写真や応援の言葉がたくさんたくさん溢れていた。


「すごいねぇ……」


スクロールを何度しても途絶えることはなく、どこまでもどこまでも続く。彼は間違いなく注目の的だ。


「あ、そろそろ始まるんじゃない?」

「ほんとだ」


ネットを繋いだテレビの向こうに真剣な顔つきの徹が映った。友人が「うわ、及川への歓声すごいなー」と感心しながら笑う。

及川さん、及川選手とたくさんの声が聞こえてくる。本当に高校の頃に戻ったみたいだった。彼はみんなの人気者で、みんなの中心にいて、いつだって自分自身の力でそこに根を張り立っている。

彼を好きになったあの日、彼に告白した日、今まで何度も思い出して確認してはその気持ちと決意を新たに、そして大きくしてきた。


「……かっこいいね及川」

「うん」


今日も、上を向きひたすらボールに手を伸ばし、仲間達と共に輝き続ける彼の格好良いその生き様を目の当たりにして、もう一度気持ちと決意を上書きするのだ。


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