2021年7月22日

よく晴れた東京の空。カラッとした天気はつい数週間前まで続いていた長い梅雨の影を一切感じさせない。少し歩けば汗をかいてしまうような夏本番の暑さの今日、街行く人はいつも通りの変わらぬ日常を過ごしていた。

明日、開会式がある。早い競技はもうすでに予選が始まったりもしているが、明日をもってしてやっと正式に幕を上げるのだ。

すれ違う人々のほとんどは、そのことに関して特別な感情を抱いている人は少なく、また四年に一度のあの祭典が始まるのかとニュースを見ながら考えているくらいだろう。


「なぁ、オリンピック見る?」

「せっかく日本でやってるしなー。でも多分メダル関わるやつとかしか見ない」

「まぁそこが一番面白いよな」

「そんなもんでしょ」


隣の席の学生たちの会話が偶然耳に入ってきた。特別推しているスポーツもないし、応援している選手もいない。でもせっかくだから時間が合えば見ようかなと思うし、どうせならばメダルがかかった試合だと嬉しい。私も徹に出会っていなかったら、多分こんな感じだっただろう。

いつだって、どんなにすごくても一部の人たち以外からは本当のトップしか認識してもらえない。オリンピックに出られる選手は一握り。その一握りの選手達の中でも、さらにメダル争いレベルまで食い込まないと見てすらもらえないのだ。スポーツというととても華々しいイメージがあるけれど、やはり実力が全ての厳しい世界なのだと改めて思う。

私は元から特別バレーファンだったなんて事はなかった。ルールも学校の授業で基本だけ知ってるくらいだった。ボールはうまく扱えないし、腕は内出血で散々なことになるしでバレーの授業はちょっと嫌だとすら思っていた。今はルールもわかって、バレーそのものについてあの頃よりもかなり詳しくなった。バレーボールという競技そのものに面白さを見出せる。

けれどそれでも私のバレーは徹の存在がないと成り立たない。

初めて見た徹のプレーが凄いということは素人目でも直ぐにわかった。彼は学生の頃から注目されていたけど、それは宮城県内というごく一部の地域での話だ。全国でも通用するだろう実力を持っていても、全国大会への出場を果たせなかった彼はその存在を県外まで知らしめることは出来なかったから。

そんな彼が、狭い宮城県を飛び出し、日本までをも飛び出し、遠い遠い真反対に位置する国からその名を日本中に轟かせようと満を辞してやってきたのだ。

彼は別に自分の存在を知らしめたいと思ってバレーをしているわけではない。けれど、やっぱり彼のその存在をより多くの人に知ってほしい、そう思ってしまう。私は彼の競技に対する熱に惹かれてしまったから。


『久しぶり。元気してる?』


この名前を久しぶりに見た。カバンの中で音を鳴らしたスマホに表示された花巻くんのメッセージ通知。同級生であり、彼の元チームメイトでもある。そして私にとっては数少ない仲の良い男友達だ。二年ほど前まではよく連絡をくれていたが最近は少しだけ疎遠になっていた。久しぶりと返信をしながら、またこうして連絡ができることに嬉しくなって一人口角をあげる。


『高杉は明後日の試合は家で見るんだっけ?』

『明後日の初戦と準決勝はチケット持ってる』

『んじゃ3日の試合一緒に見ねぇ?』

『いいよ!』

『じゃあまた連絡すんねー』


とても短いやりとり。くだらないやりとりをたくさんしそうに見えて私と花巻くんはいつもこうだった。会って話せばいいから。こんな風にどこかサバサバしている関係だから、異性だけどあまり気を使うこともなく一緒にいれる。

会うのはいつぶりだろうか。お互い上京組だったから初めの二年くらいはそこそこ頻繁に会ったりしたけど、花巻くんにも彼女が出来たり私も就職したりで段々とその頻度も減って、覚えている限りじゃ最後に会ったのは連絡を取らなくなるよりだいぶ前だったな。


『3日の試合は花巻くんと見るよ』


徹にもちゃんと連絡しておいた。いつも花巻くんと会う時はこうして彼にも報告してたな。それも何だか懐かしい。

バレーボールは明後日、開会式の翌日から予選がスタートする。そして誘われた三日は準々決勝だ。つまり、予選を勝ち上がって決勝トーナメントに残らない限りその日程に試合はない。なのに花巻くんはその日を指定してきた。ということはこの時点で徹達がそこまで確実に上り詰めると彼も確信しているということだ。

カップに残ったコーヒーを一気に飲み干して店を出た。太陽が肌を焼く。いよいよ、夏が始まる。


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