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春も過ぎ去って、初夏。衣替えも完全に終わったこの季節。やっと忙しかった日々を超えた角名くんは、昨日一日寝て復活した。今日は久々に見た目からして元気であるというのが感じられる。

明日はきみが平気なら久しぶりに2人でどっか行こうよと昨夜誘われ、今日はお出かけ。久しぶりのデートだ。買い物に行ったり、たまの休みに一緒になにかすることはあっても、デートという名目で動くのはなんだか久しぶりで少し緊張する。

角名くんは朝から家を出てしまっているので今は一人。11時に目的地の最寄り駅に待ち合わせをしている。

2人で暮らし始めてからも度々デートをすることはあったけれど、初めの頃は角名くんは毎回何かと理由をつけて先に家を出てしまっていた。

前にそれを不思議に思って聞いてみたら、あっさりと「待ち合わせってデートの醍醐味じゃない?」とのアンサーをくれた。待ち合わせが出来るようにあえてバラバラに家を出るのだ、と以前友達に話したら笑われてしまった。「話聞いてると角名くんってたまに可愛いところあるよね」との言葉には全力で同意をした。

家を早く出てしまう真相が判明してからは、角名くんも変に理由をつけることなく出ていくようになった。私は時間までにゆっくりと身支度を整え、現地の最寄り駅で合流するということを繰り返している。

作業中は汚れる心配があるし、忙しなく手を動かすため、いつもは動きやすさ重視のワンピースとかパンツを身につけている。でも今日は少し前に買ってまだ一度も着れていなかった休日用のブラウスとスカート。

ブラウスは襟元に華やかなフリルがあしらわれていて、ミモレ丈のフレアスカートは歩くと揺れるのがとても可愛い。いつもは色も柄も控えめなものを着ているけど、これは黄色の花柄で気分も明るくなる。

大学に行く時は軽くメイクをするだけだけれど、今日はしっかりめに。ワンピースに合わせてブラウンのマスカラで目一杯まつ毛をあげて、ライナーは控えめなキャットラインにしてみた。

軽く全体を巻いて緩めのポニーテールにする。角名くんはたまに出かける時にする私の巻いた髪がお気に入りらしくて、それを知ってからは毎回髪を巻くようになった。単純だなって思うけど、好きな人にそう言われてしまえばそうなっちゃうよね?

最後に後れ毛をコテで軽く巻いて整えれば、出発予定時間の五分前。ちょうど良い時間だと家を出れば、その道は毎日歩いているはずなのに、装いが変わっただけで普段よりも明るく見える。


「角名くん」


待ち合わせの駅の改札を抜けると、柱にもたれ掛かるように立っていた角名くんがすぐに見つかった。彼の高身長は探すのにとても楽だ。


「…今日すごい気合い入ってない?」

「なんか、久しぶりだなぁって思ったら、張り切っちゃった」

「うん、すごい可愛い」


行こうか、と自然な流れで左手を握られ歩き出す。行きたい場所があるんだけどと昨夜言われたが、実はどこに行くのかはまだ知らない。最寄り駅と足が痛くならない靴で来てねという情報のみ伝えられただけだ。


「ついた、ここ」


駅から徒歩数分。ターミナル駅のそこは周囲にビルがそびえ立っていて、それらはオフィスビルだけではなく有名ホテルも多い。足を止めた目の前にはSNSでよく回ってくるスイーツビュッフェが有名な場所で、私でも知っている名前のホテル名に目が点になる。


「ここ知らない?」

「知ってる、けど」

「スイーツビュッフェが有名らしいんだけどさ、侑が招待券持ってて貰ってきた」

「え〜!すごい!嬉しいけど…いいのかな?」

「あいつ今日試合だし、彼女もいないし。友達と2人で行けばって他の子にあげようとしたら今日は予定があるって言われてスッパリ断られたらしいよ」

「そうなんだ…」


そんな会話をしながら目的のホテル内のレストランへと向かうと、案内されたのは見晴らしの良い窓側の席だった。ホテルのレストランの夜景も憧れるけど、昼間の見晴らしの良い景色もすごく綺麗だ。


「これ全部食べ放題なの…!!」


キラキラと目を輝かせながらビュッフェコーナーを見回していると、子供みたいと笑われる。2人してあれが美味しそう、これ食べたいとたくさん皿に盛った。


「きみが甘いもの好きなのはよく知ってるけど、改めてすごいと思う」

「こんなに美味しいスイーツビュッフェだよ、隅から隅まで食べないと勿体ないよ…!」


スイーツはどれもこれもが美味しくて、時間制限を目一杯使って食べまくった。角名くんは早々に甘さにやられてパスタやランチメニューのしょっぱいものを食べていたけれど、私はケーキを制覇するのにひたすら必死になっていた。


「見てるだけで胃もたれしそう」

「そんなことないよ、まだまだいける」

「ほんと尊敬するよ。あっ何か新しいの運ばれてった」

「え、それも食べなきゃ!」

「まだ少し時間あるしあとで取りに行きな」

「そうする!角名くんの倍は食べててなんかちょっと恥ずかしいな」

「俺はきみの食べっぷりを見てるの楽しいから、どんどん食べて」


お皿に山盛りに乗ったケーキを笑いながら写真に撮ったり、甘さにギブアップする辛そうな角名くんを笑いながらムービーに収めたり、見晴らしのいい窓辺を背景に2人して写真を撮ってみたり。お腹も心も大満足だ。


「幸せだ〜」

「まだまだ、次行こう」

「え、まだ他にあるの?」

「うん、こっち」


再び歩き出す角名くんに肩を抱かれる。あまり外ではこういうことをしないからちょっと気恥ずかしくなるけど、私も彼の腕を抱いてくっついて歩いた。

私の行動が意外だったのかこっちを向いた角名くんと目が合うけど、嬉しそうに目を細めた角名くんを見たら恥ずかしさも吹き飛んでしまった。

ベタベタした関係性はあまり好かなそうなのに、意外にもそんなことは無い。彼と親しくならないと分からないこと。

そういうことを一つ一つ知って行けるのが嬉しい。



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