鶴蝶さん達の関係を皆何故知らない?




※モブくん目線


あの二人が付き合っている事を知ったのは、灰谷さん達が話していたのを偶然聞いてしまったのがきっかけで、それまで一切気が付かずに過ごしていた。

二人の関係がいつ始まったのかをハッキリと聞いたことはないけれど、話を聞く限りではここ数ヶ月とかいう短い期間ではないことは確実だった。それなのに周囲に悟らせることもなく、お互いアッサリとしているのは私情を仕事に持ち込まないという意識が徹底していそうな二人だからこそなのだろうか。

鶴蝶さんにはその手の話題を振りづらくて、ナマエさんと偶然二人になった時、勇気を出して質問をしてみた。鶴蝶さんのどこが好きなんですか、と。もしかしたら関係性を知っていることに対して怒られでもするのだろうかと若干ヒヤヒヤしたけれど、そんなことは全くなく、彼女は「知ってたんだ」と少し目を見開いた後、迷うことなく「自然と優しいところ」と言い、柔らかく控えめに笑った。そよ風が吹く原っぱで視線を落とした時、ふわふわと身体を揺らすシロツメクサを足元に見つけた時のように、小さな幸せをそっと掬ったような表情だった。

驚いたことに、二人とも周囲に隠しているつもりは全くないのだと言う。確かにペラペラと自ら言いふらすようなことではないし、仕事には関係のないものだから聞かれない限りその手の話題は出さないのは頷ける。興味本位で「二人きりの時はやっぱもっと恋人同士らしくなるんですか」と少し立ち入った質問をしてみれば、普段から必要以上に距離が近いわけではないらしく、二人でいる時も特に変わりはないらしい。プライベートでもこのアッサリ距離感が変わらないのならば、それはそれで少し心配にもなるが、まぁ、この二人だしなと無理やり納得をしてあまり盛り上がらせることができなかった恋話を終えた。

それからまたさらに数ヶ月が経った時の事だ。相変わらずの二人は、その事実を知っていても忘れてしまうくらいにアッサリとし続けていた為、ナマエさんのこの一言があるまでオレはすっかり二人が付き合っている事を記憶から飛ばしていた。

「君って思ってたより背高いんだね、ずっと話してると首痛くなりそう」

そう言った彼女に、「そうですか?平均身長より少しだけ高いくらいですよ」と返した。決して低くはないけれど特別高いと思われるほどでもない。エレベーター内で隣に立ったナマエさんはオレを見上げ続けたまま。少しだけ気まずくなって視線を彷徨わせた時、ふと鶴蝶さんとの関係を思い出した。そして彼の方が全然背が高いはずなのになぜ彼女はオレにこんなことを言ったのかと疑問を抱き、「彼氏さんと話してる時の方が首痛くなりません?」と、少しだけ含みを持たせた聞き方をした。ただ単に、二人の話を聞いてみたかったのだ。さっきまですっかり忘れていたというのに、思い出すと聞きたくなるのだ。この二人が普段どう過ごしているのか、気になってしまうのは仕方がないことだろう。

「鶴蝶と話す時はそんなこと思わない」

少しだけ思考を巡らせた後、フフッとまた花が綻ぶよう笑ってナマエさんはそう言った。彼にはそんなことを考える暇もないくらい好きだってことなのか?一緒にいることに慣れてしまって痛みはもう感じないとか?よくわからないが、ものすごく遠回しな二人の惚気か何かなのだろうか。

エレベーターを降りたそこには偶然にも鶴蝶さんが居た。二人は自然な流れで隣へと並びオレの前を歩く。もうすぐ今日の業務は終わる時間のはずだし、もしかしたらこの後約束とかあんのかな。なんて思いながら耳をそばだて会話を盗み聞いてみれば、二人はなんの色気もない仕事の話をひたすら繰り広げているだけだった。

なんだよ、と少しつまらなくなって前を歩く二人をぼーっと見ながら歩いていれば、ふとあることに気がつく。二人の距離はいつもと同じく特別近くもなく、かと言って遠いわけでもない。仲良さそうだなと思うくらいの絶妙な距離感だ。けれど良く見ると、ナマエさんと話す時、鶴蝶さんは若干首を下げ視線を彼女にしっかりと合わせている。ナマエさんはそんな鶴蝶さんを首を伸ばすことなく少し顎を上げるくらいの易しい仕草で見つめ返していた。彼はオレより背が高いのに、見上げるのがしんどそうな姿勢には確かに見えなかった。

ナマエさんが震えたスマホを取り出し耳に当てる。そして気にかけて二人のことを見ていないと見過ごしてしまうくらいに自然な流れで、スマホをもたない逆の手に抱えられた彼女の荷物を鶴蝶さんがするりと奪った。目配せも声かけも無く行われたそれ。突然手元から荷物が無くなったにも関わらず彼女はそれに特別驚くことはなく、そして彼からは彼女に良いところを見せようとかいう邪な感情等は一切感じられなかった。あまりにも静かに、当然の如くそれは行われたのだ。

通話を切った彼女は小さな声でお礼を告げつつ彼の襟元に手を伸ばし、少し捲れてしまっていたらしいそれを直した。たったの二秒にも満たないほどの出来事だった。そして一瞬だけ僅かに口角を上げた二人はすぐに元の顔つきに戻り、先程の仕事の話を続きをつらつらと話し始める。

数ヶ月前、彼女が鶴蝶さんの自然と優しいところが好きだと言っていたことを思い出した。注視していないと気が付かないごく自然な細かい気遣いが二人の間にはあるのだ。これは親密さを極めていないと出来ない事だろう。先程の彼女の言葉はものすごく遠回しな惚気か何かなのだろうかと疑問に思っていたが、今なら解る。あれは確実に、惚気だ。

いつもと変わらないし関係を隠しているつもりはないという彼女の言葉がもう一度頭の中でリフレインする。甘い空気なんてミリも感じられないくせに胃もたれがしてきた。オレはなんでこの二人のこのやりとりに今まで気がつけなかったんだろう。なんで周りの奴らのほとんどが未だこの二人の関係を知らないんだろう。アッサリとしているように見えるだけで、気がついてしまえば一口でダウンしてしまうバタークリームみたいな、口の中にいつまでも残る甘ったるさがある。当然のことのように目の前で繰り広げられた二人のやりとりを目の当たりにしてしまって、なんだか勝手に居心地が悪くなってしまった。

二人に続いて戻ったオレの姿を見た灰谷さんたちが「随分お疲れじゃん」と声をかけてくる。眉を少し顰めながらたった一瞬二人の背中を見ただけでオレの心境を把握したらしく、二人は揶揄うようにニタニタとしたいやらしい笑み浮かべた。「あからさまに見せつけられるのもウゼーけど、無意識なの滲み出されるとどうしていいか扱いに一番困んだよな」と、そう言った竜胆さんに全力で同意を示しながら、心の中でさっさと仕事を終えて今日は酒を飲むぞという決意をした。オレも早く良い人探そう。なんて、そんなことを思いながら。


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