マイキーに甘い三途春千夜とその彼女




「食べる?」
「ううん」
「じぁあオレが食べよ」

ぱくぱくとお気に入りのどら焼きを食べ進めていくマイキーは、たまに食べかすを膝の上に溢しながらティッシュをせがむ。何してるのなんて言いながらそれを丁寧に取ってあげる、珍しく二人きりの空間。広いここは少し動くだけで無機質な音が良く響く。

「最近三途とはどうなの」
「どうって?特に変わりないよ」
「ふぅん」

自分から聞いておきながらさほど興味がなさそうなのはいつもの事なのでもう気にならない。もぐもぐと忙しなく動かしているその口の端にあんこが付いていることにはいつ気づくのかなとちょっと面白く見ていると、「なに?」と首を傾げながら短い髪の毛をサラッと揺らした。

「どっか行きたい場所とかないの」
「ん〜、特に思いつかない」
「本当に?」
「マイキーはどっかいきたい場所あるの?」
「ない」
「一緒じゃん」

まぁどっか行きたくてもナマエは一人じゃ外出れないしなぁ。そう言いながら、最後の一口を大口を開けて放り込んだ彼は、未だ口元についたあんこには気が付かないまま目線だけをこちらへと向ける。

「たまには一人になりたいとか思わねーの」
「うーん、思わないなぁ」
「……ずいぶんな寂しがり屋だね」

そんな風には見えねぇのにな。なんてよく考えると少々失礼にも取れるような物言いをしながら、彼はググッと両腕を上げ大きく伸びをする。ふわぁとあくびを一つ披露して、「食べたらなんか眠くなってきた」といつも通りウトウトと半目を擦りながら私の肩に頭を預けた彼は、「三途がくるまで」なんて言いながらゆっくりと目を瞑った。

「見つかったら怒られちゃう」
「じゃあ膝借りようかな。膝枕」
「もっと怒られそう」
「さすがにオレも文句は言われるだろうな」

そう言いながらも本当に頭を私の太ももに移動させて、彼はゆっくりと目を閉じた。口元のあんこをそっと取ってやる。いつも重たそうに色んな物を見つめている瞳が見えなくなり、目尻からスウッと力が抜けて行った。サラサラなその髪を指で梳くと、気持ち良さそうしながら薄らと目を開ける。

そのままいきなりガッと私の襟元を掴んだと思ったら無理やり引っ張られた。大きく前のめりになった私と彼の距離が一気に縮んで、はらっと肩から垂れた髪の毛が彼の頬へと落ちていく。

「このままちゅーできちゃいそう」
「……それは本当に私も殴られるかもよ」

ジトッとした目で私を見上げる彼は、疑うような視線をこちらへと向け、「オマエはさ」とつまらなそうに吐き出して、「三途が嫉妬で狂うのも割と好きだろ」なんて苦虫を噛み潰したような顔をする。

「フツーそうに見えてしっかり歪んでるよな」
「結構可愛い拗ね方するんだよ?」
「興味ねー」

うげェなんて声が聞こえてきそうな表情をしながら、「抵抗しねぇ女には興奮出来ねー…………でもどのくらいまですればアイツがオマエ殺すかはちょっと興味あんな」なんて言いながら厭らしく口角を上げた。背筋が凍るような何者をも逆らえなくさせる圧のあるその表情に、さすがの私も丸めた体を起き上がらせようと背中に力を入れる。しかしそれよりも強い力で捕まれた胸ぐらのせいでビクともしない。彼の少し冷たい手のひらが頬に添えられ、形を確かめるように輪郭をなぞった。「試してみよーか」と不敵に笑った彼にゴクリと息を飲む。吸い込まれそうな強い瞳がゆっくりゆっくり近づいてきた。

「……ハ?何してんの」
「見〜つかっちゃった」

バッと勢いよく入口を見れば、大きく目を見開いた春千夜がこちらを見ている。ここに誰かが近づくと足音が響くはずなのに、緊張しすぎて何も気づかなかった。先程とは違うニヤニヤとした笑みを浮かべながら「どうするナマエ?二人で死ぬ?」なんて話しかけてくるマイキーはきっとその足音に気づいていてわざとああやっていたんだろう。

「……とりあえずこっち来い」

無理やり腕を引っ張られ立たされる。そのまま春千夜の片腕に収まって、マイキーは突然消えた枕に対応できず「いてっ」という声と共にゴツンと軽く頭を打ちつけた。

黙り込むマイキーに、同じように黙り込む春千夜。に、ペチンと頭を叩かれた。痛っと声を上げても何も言わない彼はとても不機嫌なことがわかる。ムスッというその表情に「ごめんね」と言うと、軽く髪の毛を掴まれるようにして小さく揺すぶられる。

「痛いって」
「まじでどういう状況だったんだよ今の」
「マイキーに聞いて」
「……なんでだよマイキー」
「どこまでしたらオマエがナマエ殺すのかなーって」
「ハァ?」

グリンと勢いよくこっちを向いた春千夜はチッと舌打ちをした後にマイキーの方をもう一回向いて、そしてもう一度私の方を向いて「変なことすんな二人して」とイラついた声を出す。それを笑って流したマイキーはケラケラと笑い声をあげながら呑気に出て行ってしまった。

「タチ悪りー。オマエもマイキーも」
「ごめんね、流石に私も焦っちゃった」
「焦り出すの遅ぇって」

マイキーは私をからかっているだけでいつも本気じゃないし、彼はああ見えて不器用だから、ああやってしか甘えられない。それを私も春千夜もわかっているから彼に対して二人して甘くなる。

「灰谷だったら問答無用でぶっ殺してたわ」
「竜胆くんはあんな事しないよ」
「兄貴の方はすんだろーが」

それは否定できないかも。と笑いながら手の甲で口元を抑えると、もしアイツに同じことされたらああなる前にシめろよ分かったかとギロりと睨まれる。

「締めるってどうやって?」
「舌でも噛みちぎってやればオマエでも殺せるわ」

体重をかけてきた春千夜はそのまま唇を重ねてきた。無理やりねじ込ませてきた舌が歯列をなぞり、蛇のように構内に侵入してきて、引っ張るようにして私のそれを絡め取り軽く歯を立てる。

「もし蘭くんにこれやったら殺す前にキスすることになるけど良いの?」
「ざけんなンなことしたらアイツと一緒にテメェも殺すぞ」
「そんなこと言われても」

とにかくマイキーだからってあんまり油断してんなよ。そう言ってもう一度軽くキスを落として、「まだやることあるから、続きは後でな」と言って私にしか聞こえないように耳元で小さく囁いた春千夜は、くしゃっと頭の上に手を置いた。

「……もう入って良い?」
「うおっ、マイキー」
「油断しすぎ。いつか二人で撃たれて死ぬんじゃない」
「いつからそこにいたの?」
「んー、さっき。どらやき食べる?いっぱい持ってきた」
「じゃあ今度はもらおうかな」

二つ受け取ったうちの一つを春千夜に渡す。あんまこういうの食わねーんだけどと言いながらも、大人しく包みを開けて大きな口を開けて食らいついた。

「ナマエ」

手招きをされてマイキーの横に腰掛ける。私を挟むようにして春千夜もドカっと隣に座った。「やることあるんじゃないの?」と聞いてみれば、「もう少し時間あんだよ」と言って肩を引き寄せられる。

「オレがナマエに寄り掛かろうと思ってたのに」
「マイキーも春千夜の隣に行って肩貸してもらいな」
「それはねーわ。いいや、このまま寝よっと」
「……重っ」

私とマイキー、二人分の体重が乗った春千夜は、体傾くと文句を言いながらも押し返したりはしてこない。さっきまで起きていたはずなのにもうスヤスヤと寝息を立て始めた彼に笑いながら、私も春千夜の肩に顔を預けた。

「オマエ、マジでマイキーに甘すぎ」
「春千夜もね」

やっぱこれ全部は食い切れねーから残り食えと無理やり目の前に食べかけのどら焼きを出され大きく口を開く。パクっとそれを咥えると、グッと指先までもを詰め込むようにして強く押し込まれた。思わず苦しい表情をすると、ニヤっと片側の口角を上げた春千夜が「ざまぁ」なんて言いながら厭らしく笑う。

「ぐるしい……」
「後でもっと苦しいことしてやるからな」

どら焼きを口いっぱいに頬張ってパンパンになった私の頬を目掛けて、背中を丸めた春千夜がキスを落とす。モグモグと口を動かしながら無言で視線を合わせて、ごくんと口の中のものを全て飲み込むと同時に唇を合わせようとしたところで、「あのさぁ」とマイキーが起き上がり眠そうな目を擦る。

「これ以上はオレのいない所でやれよ」

はぁと心底ダルそうなため息を吐きながらのろのろと立ち上がってまた部屋を出ていった。彼なりに気を使ってくれたんだろうけど、力の抜けた私たちは二人してグダッとソファに背中を預けて、さすがにもうここではなんも出来ねーわなんてしばらく笑いあった。

これが私たちの日常。みんなが外で何してるかなんて知ったこっちゃない。やっぱり私は、ここ以外のどこかに行きたい場所なんて思いつかないなと思った。


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