灰谷竜胆はセンスが良い




「動いたら殺す」
「物騒」
「今喋りかけたら殺す」

真剣な顔で私の手元を覗く彼は、今までに見たことないくらいに真面目な表情で、それでいて楽しそうだ。静かな部屋に少し取り付けの悪いクーラーの音のみが響く。そろそろ業者を呼ばないとなぁと呑気に考えたところで「どっちがいい」とパーツを見せられた。

「こっち」
「ん」

丁寧に位置を決めピンセットで乗せていく。器用だな、と指先に盛られていくそれを見てからフッと顔を上げれば、先ほどよりもさらに真剣な表情で眉を顰めている。それに思わず笑うと「黙ってないと殴るっつってんだろ」と低い声を出された。

「殺すから殴るになった」
「オイ」
「殴られたら動いちゃうからそしたら殺す?」
「オイ、ナマエ」

こっちを見た竜胆はもう少しだからとイライラしながらも筆を取って作業を再開する。次、左。右。と短い指示に従いながらライトに出し入れし、指先がどんどん厚みを増して艶々になっていく様を眺めた。

「……出来た」
「うわーやば、すご!天才じゃん!」
「まぁこんなもんだろ」
「これお店でやったら万は余裕で越す」

手を掲げて蛍光灯に透かしながら、今流行りのデザインにアレンジを加えられたセンスの良いそれをいろんな角度から眺める。少し誇らしげな彼にスマホを渡して「撮って」と言うと、じゃあもっとちゃんと指重ねて、ちげーよ小指はここだろと小言を溢しながらもきちんと綺麗に撮ってくれた。

「やっと実際の人にできたわ」
「蘭くんとかにはやらなかったの?」
「大体時間かかってだるいって断られる」
「あーね」
「あとこういう凝ったデザインは出来ないしな流石に」

キラキラと光る指先を摘んでグッと引っ張った彼は、満足そうにしながらも「ここちょっとズレたな」と悔しそうにしている。

「いつかお店出せそうだね」
「オレの好きなデザインに出来なきゃやらねぇ」
「それは難しいなぁ。あと技術は上手いけどもっと慣れて話しながらでも出来るようにならなきゃだね」
「うるさ」

爪の先に軽く唇を落として腕を引かれる。されるがままに彼に飛び込んで、そのまま頭を抱えられた。

「ねぇ次は髪切ってよ、カラーもして」
「あー、それはやりたい」

どんなのがいいかと私を抱えたままスマホを取り出し検索をかけ、これなんかお前に似合いそうじゃんなんて言いながら画面を見せてくれる。その彼の楽しそうな顔を見ながら「好きにしていいよ」と言えば、「自分で考えるのが面倒なだけだろ」と顔を歪められた。

「私よりも竜胆の方がセンスいいでしょ」
「そりゃそう」
「私から言ったし本当のことだけどそんなにはっきり言われるとちょっとムカつく」
「拗ねんなって、オレが一番良い女にしてやっから」
「任せたよ」

二人分の笑い声が部屋に響く。一緒に画面を覗き込みながら、これはダメ、これが良いと言い合いながら出てくる写真をどんどんスクロールしていく。画面を指さしたその指が、キラキラと彼の好みのデザインに仕上がっているのをもう一度見つめた。少し動きを止めた私を不思議そうに見上げる彼に、何でもないよと微笑みかける。

彼の好きなように染められていくのも悪くないな、なんて、そんなことを言ったらまた笑われるからその言葉は今はまだ言ないでおこう。


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