三途
「はるちよ、」
「……寝れないんですか?」
目を開けると春千夜はまだ起きていて、仄かに明るい月を見上げながら窓の傍に立っていた。そっと近づいて後ろから抱きつくと、少し驚いたように振り返ってポンと頭に手を乗せてくれる。
「変な夢見たかもしれない」
「それは大変だ」
彼は宥めるように頭に乗せた手のひらをくしゃくしゃと動かして、そして目線を合わせるようにしてかがむ。チュッと音を立てて額に落とされた軽いキスに目を細め、ぎゅっとしがみつく腕に力を込めた。
「もう大丈夫そうですか」
「うん」
ゆっくりと腕を引かれベッドへと横たわる。ブランケットをかけ、「おやすみなさい」と言った春千夜に「もう行くの?」と声をかけた。
「……それはどう言う意味で?」
「一緒に寝て」
無言になる彼の服の裾をもう一度クイッと引っ張った。ハァと小さくため息を吐きながらも、ゆっくりと隣に寝転んでくれる春千夜にまたしっかりとしがみつく。
「ねぇ、もう一回して。キス」
夢と現実の狭間を彷徨いながらもう一度さっきの言葉を口にした。そっと近付いてくる彼は先ほどとは違って額ではなく唇に優しく触れる。心も身体もふわふわした。その感覚が気持ち良くて、そのままフッと夢の世界へと完全に飛び立ってしまった。
だから、その直後に春千夜が「……ハ?寝やがった。この状況で?嘘だろおい」と顔を歪めながら大きく舌打ちをしたことを私は知らない。