宮くんが何かに悩み始めていることには薄々気が付いていた。バレーボールの選手としてしっかりと軌道に乗り、宮くんが悩むようなことは今のところは多分何もない。ただ一つ、私のことだけを除いて。


「なぁ、俺たちの関係って一体何なんやろな」


ひんやりとしたシーツ。明かり一つ付いていない真っ暗な部屋にそっと落ちる宮くんの声は温度がない。私に向けられているようで、自分にも確認しているかのようにボソッと吐き出されたその言葉を、そっと掬い取るように心に留めた。


「私にもわかんないや」


笑いながらそう答えるしかないのだ。宮くんにわからないものを私がわかるはずない。色も温度もないこの部屋に、明るい私の声だけが異質だった。


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「どうだった?結婚式」

「ありきたりな感想やけど、綺麗で幸せそうで何か感動したわ」


角名くんたちの結婚式に出席した宮くんはとても気分が良さそうだった。鼻歌交じりに玄関を開け、そのままリズム良くリビングへと入ってくる。ただいまと放たれた声は誰が聞いても明るく、嬉しそうだった。


「あいつもあんな優しい顔するんやなぁ〜って。感動というより安心に近いのかもしれんな」


そう言いながらどこか遠くを見つめる彼が見ているものは私にはわからない。昔の仲間が変わっていく姿に何を思っているのだろうか。ぼーっとする彼の方を見つめてみる。しかし彼は私のその視線には気づかない。目が合うこともなく、ただ静かに時間だけが過ぎていく。最近増えたように思うこの体の奥底が冷えていくような感覚は、回数が増すにつれどんどんと私の気持ちを焦らせた。

宮くんを前にして、こんなにドクドクと詰まるような気持ちになる日が来るなんて思わなかった。彼が悲しい顔をしないようにとこの役を自ら買って出たのは自分なのに。今現在の彼を悩ませる存在に自分自身がなっていることに気がつきながらも何もできない。

何もできない?馬鹿を言うな。やらないだけ、ただ怖いだけだ。知らなかった感情を知ってしまった。いつだってその時が来たら手放す覚悟でいた。そう強く決めたはずなのに、それをも揺るがす感情があるだなんてあの時は知らなかった。思い悩む宮くんから自ら離れる選択を下せないことに罪悪感を覚える。


「写真見るか?」


パッとこちらを向いた宮くんに、「見たい見たい!」と出来るだけ明るい声を出した。「見てこれ、ドレスデザインしたの嫁さんなんやて」と言いながらカメラロールをスクロールする彼に近付いて手元を覗き込む。

画面に映った二人は幸せそうに笑い合っていた。学生時代の彼からはとても考えられないその優しい表情に驚きつつも、こうしてそれまでの印象や表情までをも変えてしまうものが恋というものなのだと改めて思った。

学生時代、治くんとその彼女の仲睦まじい姿に憧れを抱いた。それは心からの尊敬で、ああなりたいというそんな気持ちでもなく、ただ単純にその二人が素敵だと思っていた。

でも今、画面の中で笑う角名くんたちを見ると似ているようで全く違う感情が心を蝕んでいく。素敵。憧れ。尊敬。そして羨ましさ。ジワジワと真っ白な紙にインクが滲んでいくように広がっていくそれが胸の内側を支配する。いつの間に私はこんなにも歪な感情を抱くようになってしまったんだろうとショックを受けた。自分の中に眠る黒い感情を知ってしまった悲しさと、寂しさに支配されていく。

それを悟られないようにひたすら写真に映る二人を褒めた。明るく努めていないと外側にも漏れ出してきてしまいそうで怖かったから。


「やっぱ憧れとかあるん?結婚式とかドレスとか」

「そうだねぇ、ドレスもいいし、和装とかも一回くらい着てみたいなぁって気持ちはあるかな」

憧れだけは、確かにある。しかしそれ以上の感情は抱かない。いつか誰かと。そんなことを望んでいるわけではないからだ。宮くん以外の隣に立つつもりはない。だから、きっと望むだけ無駄なのだ。


「お前は和装の方が似合いそうやな」


ウンウンと一人納得するように頷きながらそう言った宮くんに「そうかな。じゃあ、和装がいいな」なんて言って笑ってみせた。口に出した途端に心がスンッと虚しくなった気がする。画面を覗き込むふりをして宮くんとは目を合わせなかった。

側から見ればこの会話も微笑ましいやりとりなのかもしれない。けれど残念ながらそんなことはないのだ。私たちの関係性は脆く、いつでも切れるような糸でしか繋がっていない。


「それが良えよ。いつか俺にも見せてな」


こうやって時々無邪気に宮くんは突きつけてくる。お前はどうやったって俺の横には立てないのだ、と。



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