私の部屋を見渡す宮くんに何もなくてごめんと告げる。気にしていない様子の彼は初めてきたから興味あるだけだと言った後、部屋の隅にまとめて積み上げられたままでいた段ボールを指さした。
「……引越しでもするん?」
「え、いや、違」
「……ほんまに!?この荷物の少なさは必要なもの以外もう全部まとめたからとかそういうオチはやめてな!?」
「違うから、本当に!大丈夫」
私がここを出て行こうとしているのかと焦ってくれている宮くん。に、嬉しいという感情を抱く暇もなく私も焦っている。
大事なものをまとめてただけだから中身は見ないで。そう溢した私の言葉を流すことなく拾って「大事なもの?」と反応を示した宮くんに、言葉を間違えてしまったかもしれないと更に冷や汗をかく。
「何入っとんの?」
「気にしなくていいから」
「えー、知りたい」
「本当に、見なくていいよ」
「でもみなの大事なものなんて言われたら嫌でも見たくなるやん」
私の静止の声も聞かず、立ち塞がる私のことを無理矢理押しのけ宮くんは一番上の段ボールを開けた。
あぁ、こうなることを考えて一番上にはフェイクの箱でも置いておくんだった。なんてことを考えてしまう。けれどそもそも宮くんがここに来るだなんて思ってもいなかったから、そんな事出来るわけもなかったんだけど。
なんやこれ!?と驚いた様子で宮くんが振り返った。それもそのはず、中にはジャッカルのグッズたちが詰め込まれているのだ。MIYAと書かれたタオルを握りしめた宮くん本人が視界に映る。一部のファンなら興奮で卒倒しそうな光景だけれど、今の私は血の気が引いたように青ざめることしかできなかった。
「……もうこうなったら全部開けていいよ」
次々と中身を確認していく宮くんをもうどうにでもなれと半ば投げやりな気持ちで見つめる。ストーカーじゃないんですと言い訳をしながら謝ることしかできない。チームグッズだけならまだしも、雑誌から何から全部ある。宮くんが高校生の時のものまで。
「気持ち悪くてごめん」
「感動するレベルやんこんなん」
懐かしいなと春高のグッズを手にした宮くんが楽しそうに笑って、感心したように「俺ってこんなこと言われとったんか、もう忘れてたわ」と雑誌を捲る。
長い年月をかけてこんなにも集まってしまったそれらを見られたらきっと引かれてしまうだろうと思ってたのに、宮くんはそんなこと全く思っていないのか、とても嬉しそうな顔をしながら予想していなかった一言を放った。
「ほんまにおかしくなりそうなくらい可愛えな」
そう言ってぎゅうぎゅうと抱きしめてくる宮くんにこっちが混乱してしまう番だった。これのどこがそんなに可愛いと思えるのか。宮くんの考えはやっぱり私では理解できない所がある。
抵抗は何も通用せず、諦めて私も彼の背中へと腕を回した。恥ずかしさで赤くなった顔を見られたくなくて、大きな胸板に額を押し付ける。頭を抱えるように優しく手のひらを置いた宮くんが、そこにそっと唇を寄せた。その優しい仕草にまた私の心臓は壊れそうになるくらい激しく動き出した。
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二人並んで商品を眺める。ネットで検索をかけ「これどう?」という会話はしていたけれど、こうして実際に手に取って確認し合うのは初めてで変にドキドキした。
「これなんかどうや?」
「可愛い、これにしよう」
宮くんは真剣な表情で陳列されたマグカップを眺めて、その中の一つを手に取り顔の横に掲げた。彼が選んだそれはきっと宮くんの部屋にも馴染むだろう。そして私の好みでもある柄のものだった。それになんと言ってもわざわざ顔の横に掲げて首を傾げ確認してくるその仕草が、こう言うと宮くんは拗ねてしまうかもしれないけどとても可愛い。
「ほんま?今まで俺の好みに合わせて全部買ってきてたやろ、もう俺に合わせなくてええんやからな」
「うん、でもこれがいいって私も思ったの」
ペアのもう一つを私も手に取って同じように掲げて見せると宮くんが眉を顰めた。そして次の瞬間腕を伸ばし近づいてきたので慌てて宮くんから距離をとる。
「宮くん、ダメ、ここ外だよ」
「ちょっとくらいイチャついてもええやん!」
「ダメだよ。宮くん自分の立場わかってる?またスキャンダル撮られるよ」
ゾッとしたような表情をした宮くんが静かにその場で動きを止めた。その隙を狙ってレジへと向かう。宮くんには悪いけれど、意地の悪い私の仕返しだと思ってしばらくはこの手を使おうと思う。
「今まで使ってたマグカップがなくなってる」
「あ〜、あれは、捨てた」
家に帰って新しく買ったそれをしまおうとしたところで違和感に気づいた。長年使ってきたからといって愛着が湧いていたわけでもない。でも無いとなると不思議な感覚を覚える。空いた空間に新しく二人で選んだものを置くと、今までの記憶を塗り替えるように静かに存在を主張し出した。それに何故だかちょっとだけ胸が高鳴った。
少しだけれど宮くんの部屋にも私の私物を置いた。これでもうあんなに大きなカバンを持ち歩かなくて済む。少しずつ私という存在がこの部屋に馴染んでいくような気がしてなんだかむず痒い。隣に立つことを認められたのだ。もう思い上がるなと事あるごとに自分に言い聞かせなくていいことが何よりも嬉しかった。
「せや、そういやサムが結婚すんねん」
「そうなの?おめでとう!やっとだねぇ」
「やけに嬉しそうやん」
「あそこの二人もだいぶ長いでしょ、そんなに関わりはないけど二人とも知ってる人達だからさ」
「式は十月やって」
「そうなんだ、ちょうど良い季節だね。またお話聞かせてね」
高校時代の彼女と治くんの仲睦まじい姿を思い浮かべる。あの時と変わらずずっと二人で寄り添ってきたんだろあなぁと、私は彼女たちには何も関係ないのになんだかジーンとしてしまった。
「おん…………あーいや、そうやなくて、」
「……?」
歯切れの悪い様子に首を傾げる。宮くんは視線を左右に振りながらゆっくりと口を開いた。「十月、みなの仕事休み取れる?」という一言にハッと顔を上げる。宮くんが何を言いたいのかが少しわかってしまって、信じられないという気持ちと共にジワジワと喜びが溢れてきた。
「……ついていっていいの?兵庫」
驚く私の表情に吹き出した宮くんに少しムッとしながら、誤魔化すように先程しまったマグカップを取り出してお湯を注いだ。
「兵庫っつーか、式、出ようや。一緒に」
さらに続いた宮くんのその言葉に、今度こそ完璧に動きを止めた。多分すごい顔をしていたと思う。勢いよく彼の方を見る。わかりやすく取り乱す私の様子に宮くんは大きな声を出して笑った。恥ずかしいとか、嬉しいとか、とにかくいろんなものが混ざり合ってどうにもならなくなった私は、またそれを隠すように「もう!」と言って逃げるように宮くんから背を向けた。
信じられない。けれど、これが現実なのだ。