残暑


◎2022年9月企画


残暑が長引くと言われている今年は、たしかに九月半ばをすぎてもまだ三十度を超える日も多くジメジメとした空気に包まれている。それでも夏場よりも過ごしやすいのは確かで、夕方や夜は薄着だと少し肌寒いくらいだ。


「誕生日プレゼント何が良い?」

「……そういうのって本人に聞くものか?」

「いらないもの貰うよりも良くない?」


付き合って初めての誕生日は、サプライズだなんだってお互い張り切っていたものだ。しかし長年の付き合いともなってくるとそのような熱の入れ方にはならず、こんな風にくたびれたメイクのまま、ふわふわと心地の良い酔いに包まれながら、久々に二人で仕事後に待ち合わせて寄った居酒屋帰りに話題に出してしまうようになる。

私たちの関係は、付き合いはじめの真夏の暑さのようなピークを超えた、少し落ち着いたけど一向に冷める気配はない、ずっと長引く残暑みたいだ。でもこれが結構心地よくて、今までで一番過ごしやすい。


「プレゼントはお前〜とかそういうのはナシね。寒いし」


私の言葉に若干顔を引き攣らせながら、言わねぇよそんなこと、と溢した秋紀は、僅かにアルコールで赤らんだ頬を夜風で冷ますように視線を外した。


「あっそう。じゃあ来年の誕生日まで私はお預けってことで」

「待て待て待て待て」


もうすぐそこに家があるというのに、私の目の前に慌てた様子で立ちはだかった秋紀によって足を止められる。眉を顰め「寒いから早く帰ろうよ」と言えば、彼は表情を歪めたままもう一度私の横に並んだ。


「来年までお預けはちょっと厳しい」

「ちょっと?」

「……かなり厳しいですっ!!!正直当日はかなり期待してました!!!」

「素直でよろしい」


無駄に器用に小さな声で叫んだ秋紀に思わず吹き出す。パンプスを脱ぎながら先に部屋へと進んでいく秋紀を目で追う。疲れ混じりにハァーと深い息を吐いた彼の背中にもたれかかるようにしがみついた。彼は驚いた様子で私の方を振り返り、倒れないように体を支えてくれる。


「ね、当日なんか食べに行こうよ」

「おー、いいかもな」


午後休でも取るかと言いながら、秋紀は私を抱えるようにしてソファへと腰掛ける。どこが良い?なんて話し合いながら二人で検索サイトを目で追った。


「せっかくだから少し良いところ行こう」


さすがに九月も末となれば少しは涼しくなっているだろうか。半休取ってくれるらしいから、久しぶりに明るいうちから出かけられる。


「飯以外は何したい?」

「秋紀は?私は午前中美容院行く予定しか今のところないけど」

「なに、気合い入ってんじゃん」

「……まぁ。せっかくだからね」 


若干気まずくなって目を逸らす。嬉しそうに軽く笑った秋紀が、私の頭に手のひらを置いてポンポンと数回優しく上下させた。


「楽しみ〜」


わざとらしく顔を覗きこんでくる秋紀の頬を手のひらで押して遠ざける。付き合って初めての誕生日のように、サプライズだなんだってお互い張り切ることはもうほとんどない。だけど、やっぱり好きな相手の誕生日というのは、何年が経とうと特別な日なことに変わりはないのだ。


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