妖怪世代
※妖怪世代だった男性視点
俺の年代は、後々妖怪世代と言われ語り継がれるほどにバケモノ級の強い奴らが一堂に集う代だった。
「パパ、見た!?」
キラキラとした顔でテレビ画面を指差す息子の腕には大きなバレーボールが抱えられている。食い入るように見つめる先には、我が国の代表として真っ赤なユニフォームを身に纏い空を飛ぶ選手たちの姿。
「……すごいなぁ」
「ねぇ、僕もアレやってみたい!できるかな!?」
「練習すればできるようになるかもね」
「じゃあ今からやる!」
「ここで?家の中でやったらママが怒るよ」
「え〜」
「この試合が終わったら庭でやろう。それまで我慢ね」
はーいと不服そうな声を出しボールを床へと置き、大人しくテレビに視線を戻す。息子はすぐに切り替えまたキャッキャとはしゃぎながらこの選手がかっこいいだ、自分もいつか今のプレーがしてみたいだと楽しそうにしていた。
俺がバレーボールを始めたのは中学生の時だ。入りたい部活が特になくて、でも校則で何かしらの部に所属しなきゃならなくて、何となく外の競技は暑いからとバレーボール部を選んだ。結果外も中も暑さに関しては大して変わらなくて、最初はそれにすごく不満を抱いたりしたけど、なんだかんだ一生懸命三年間打ち込んで、最初のくだらない動機や不満なんてものはすっかり忘れてのめり込み、進学した高校でも同じようにバレーボール部に入った。
しっかり取り組んでも弱小は弱小だし、どんなに練習をしても弱いものは弱い。それでも自分なりに精一杯取り組んだ俺の六年間のバレー人生は、今改めて考えてみてもかけがえのない経験として俺の中に残っている。
「そういえば一番好きな選手は結局誰なの?」
「いっぱいいるけどねぇ、木兎選手!」
「あぁ〜」
木兎はあの性格にあのプレースタイルだから確かに子供人気が高い。わかりやすいんだよな、何もかも。高校生の頃から全国的に有名だった。同じ東京だということもあったけれど、もちろん俺も当時からその名前を知っている。
「パパは高校生の時一回戦ったことあるぞ」
「ほんとに!?どんなだった!?」
「お互い一年生の頃だったけど、なんかもうすごいとしか言えなかったよ」
「バコーンって?」
「はは、そうそう。ドギャって」
俺も一年生でありがたくもレギュラーに入っていたけど、木兎と俺とじゃ次元が違った。戦っている最中は同世代にこんな奴がいるのかと一種の絶望すら感じた。あんな風に強くて、明るくて、楽しそうにプレーできたら、どんなに幸せだろうとどこか羨ましくもあった。
けれどそれ以上木兎について考えることもなかった。俺の学校はまぁ悔しいけど弱小校に変わりはなくて、一勝二勝がとんでもなく貴重だった。もし俺がそこそこの強さの学校に通っていて、あと一歩の所で全国行きの切符を手にできないだとか、本気でプロを夢見ていたりしたら、もっともっと悔しさを感じたり、もしかしたらあの存在を恐れ、絶望し、バレーボールを続けるか否かを迷っていたかもしれない。でも、俺はその次元でバレーボールをやっていなかった。
そりゃそうだ、いくら三年間打ち込んでも、本気で取り組んでも、全国を目指すとかプロを目指すとかいう気持ちでいる奴らなんてきっと一部の人間だ。ある程度の強さを持って、ある程度の場所にいないとその気持ちは芽生えない。もちろん例外だってあると思うし、弱小が全国やプロを目指すのをバカにするわけでも諦めてるわけでもないけど、部活は部活で、競技が好きだからと言ってそれで全国を目指そう将来を考えようなんてやつは、競技人口中一体何人いるだろうか。
この日本で学校の部活動に所属している奴らのほとんどが俺と同じ感じだろう。高校生活をより楽しく。弱いから本気じゃないわけでは決してないし、毎日毎日頑張って、俺は俺なりに全力だった。それで満足している。
「うっわ、今のストレートえぐいなぁ……」
「木兎選手のストレート好き!」
木兎ビーム!だなんて元気よくテレビに向かって叫ぶ息子を微笑ましく思いながら、俺も画面へと視線を戻す。夢の舞台と呼ばれるそこで、俺と戦ったあの時と同じようにコートを駆け回り、全身で喜びを表現し、仲間と分かち合う姿につい笑みが溢れる。
きっと、木兎は俺の存在も学校名も覚えてないだろう。俺にとって木兎との対戦は一種の一大イベントみたいなもんで、記憶の中に残り続けているけど、俺よりも波瀾万丈なバレー人生を歩んでいる木兎にはもっともっと記憶に残る出来事がたくさんあって、俺なんかが居座れる場所なんてない。
「ねぇ今年のVリーグ行ってみたい!連れてってよ!」
「良い子にしてればママもいいよって言ってくれるかもな」
「やったー!僕いい子にする!」
ジャカ助のぬいぐるみ買う〜だなんて盛り上がりながら、ちょうど点を決めた牛島に今度はキャーと盛り上がる。
他の選手たちとは同世代だけど対戦なんてしたことがないし、木兎と一度対戦したことがあるからってそれが何だと思われそうだし、特別ファンな訳でもない。それでもこうして活躍している場面を目にしてしまうと勝手に仲間だと思ってしまう。一方的に応援したくなる。
「ねぇバレーしよ!」
「だから、ここでは出来ないからこの試合が終わってからって言っただろ」
「そうだった〜」
弱くても、記憶に残らなくても、今はもうバレーボールをしていないとしても、俺も青春をバレーに捧げて、同じようにその競技を愛した、妖怪世代の端くれの一人だったからだ。
前へ 次へ