蟷螂生


あははは、と珍しく笑いの止まらなくなった俺の背中をコウが軽く叩いた。部活前の休憩中に忘れ物を取りに教室へと戻れば偶然コウがいて、声をかけてみたら、彼女は慌てたように頬を押さえて控えめに振り返った。


「何かあった?」


少し真面目な声を出した俺に、彼女はなんでもないと早口で答えた。それがまた怪しい。ズンズンと大股で近づいて、彼女が逃げる間も無くその手を掴みあげ顔を覗き込む。視線を合わせようとしないコウの頬には、くっきりと大きく立派な寝跡がついていた。そして冒頭に戻る。


「全然治らなくて」

「いいじゃん。隠さないでもっと見せてよ」

「やだよー。あっねぇ写真に撮ろうとしないで」


ぺちっと手のひらでまた頬を押さえた彼女を追いかけるように廊下にでる。


「もう今日は帰るの?」

「うん。図書室静かすぎて逆に寝ちゃうから、家でやろうと思う」

「頑張って」

「赤葦くんも、部活頑張ってね」


一緒に校舎まで向かって、また明日と手を挙げた。彼女の頬にはさっきよりはまだマシになったものの、いまだ立派な跡が残ったまま。バレないように笑ったつもりなのに、彼女は鋭く気がついて「もー!」と口を尖らせる。俺が体育館に消えるまで、恥ずかしそうにはにかみながらも大きく手を振り続けてくれた。

笑わないように笑わないようにと思えば思うほどおかしさが増してくる。きっと、他の人がこうして寝跡をつけていようが別になんとも思わないしこんなに面白いなんて感じないだろう。俺は、彼女のことになると自分でも驚くほどツボが浅いらしい。

蟷螂生

(かまきりしょうず)
カマキリが生まれる
六月五日〜六月十日

  

 
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