負けるな!倫太郎!


メッセージが届いとったのに気がついたのは、それが送られてきてもう二時間くらいが経った頃やった。家におるときはなかなかスマホを見んから気がつくのに遅れてしまって、差出人の名前を見て慌てて開くと明日空いてないかというお誘いやった。明日は土曜日で仕事もないし、特に他の用事もない。何時でも大丈夫やでと返事を打てばすぐに既読がついて喜びを表すスタンプが送られてきて、続けて時間と場所が送られてきた。


「おじさん!こっちです!」


遠くからでもしっかりと俺の姿を見つけてくれた嬢ちゃんは確保してくれとった席から手を振ってくれた。合流出来たことに安心しながら隣の席へと腰を下ろす。まだ試合が始まるまでには時間がある、間に合ってよかった。


「にしても嬢ちゃんはバレーボール好きなんやなぁ」

「最初は角名くんのバレーが好きってだけだったんですけど、他のバレーもちゃんと見ないとと思って最近はネットとかでも色んなの見てるんです。でも実際にプロの試合見るのは今日が初めてです」

「勉強熱心やな」


俺もそこまでプロの試合には詳しくない。テレビでやっとるのは見るけど、足を運ぶのは専ら高校生大会やからな。いろいろ喋っとったら選手たちが入場してきた。嬢ちゃんがあの人テレビとかネットとかでずっと見てた人だ、すごい!とキラキラしとる目で選手を見よる。反応が新鮮でええな。次第に試合開始の合図があって、いよいよプレーが始まった。

稲荷崎バレーボール部は全国屈指の強豪やし、卒業後プロになる選手ももちろんおる。高校生チームやのに実力はプロに極めて近い。せやけどやっぱり本物のプロっちゅうのは全然技術も勢いも何もかもが高校生とは違くて、その実力の高さを久しぶりに実際に見れて感激してしまった。

すごいプレーが出るたびにドワァッと会場全体が沸いて、周りのみんなは大はしゃぎや。俺も嬢ちゃんもその波に飲まれて一緒になって喜んだり悔しんだりリアクションを取る。推しの選手がおらん試合はみんな平等に見れてこれもまた楽しかった。


「凄かったなぁ」

「はい!」

「俺もめちゃくちゃ楽しんでしもたわ、誘ってくれてありがとうな」


ザワザワと興奮のおさまらない会場内。人混みをかき分けるようにして出口を目指す。少しだけ会場から離れて人がまばらになったところにある公園の横を通りかかったとき、隣を歩いとった嬢ちゃんがちょんちょんと肩を叩いて俺を呼んだ。


「少し休憩しませんか」

「ええけど、ここでええんか?」

「おじさんさえよければ」

「じゃあなんか買ってくるから待っとって」


適当に自動販売機で飲み物を二本買って、ベンチに座っとる嬢ちゃんに手渡す。お礼を言ってそれを受け取った嬢ちゃんはゆっくりと蓋を開けてそれを一口飲んだ。

先程試合を見ていた時の明るさはどっかに行ってしまったんかってくらいに急に静かになる姿を見て、こちらまでなんだか緊張してくる。何か気の利く言葉をかけてやりたいけど、一体何を言えばええんや。というかおっさんに急に心配されたらキモくないやろか。誘われたから普通にここにおるけど私服の女の子と一緒にベンチ座っとるおっさんって何?あかんこれいっつも考えとるな、何回目や。


「角名くんが」

「ん、ん?!倫太郎?倫太郎がどうした」


いろいろ考えとった中急に話を始められてびっくりした。倫太郎の話か。いつも嬢ちゃんは倫太郎のことを話すときは嬉しそうにしとるけど、今日はどうしたんやろ。


「倫太郎と何かあったん?」

「…私と何かあったわけじゃないんですけど、あの日からなんか悩んでるみたいで」

「バレー?」

「はい」


この間の練習試合、確かに倫太郎には厳しい内容やった。あの帰り道の荒れようを見たらそんなすぐに立ち直るのも難しいのかもしれん。あれから俺は倫太郎を見とらんから詳しいことはわからんけど、嬢ちゃんのこの感じから察するにあんまりええ結果にはなっとらんみたいやな。


「見てる感じ調子が悪いわけではないと思うんです」

「そうなんか」

「練習中は普通だし」

「じゃあどんなところが?」

「それが私にもはっきりとはわからなくて。でも確実に今までとなんか違うなっていう違和感があるんです。角名くんのバレーをずっと見てきたから、感覚でしかないんですけどそんな感じがして。うまく言葉にできないけど力が入ってないっていうか」

「あー、実際見とらんから何とも言えんけど、気持ち的な問題やんな」


こくりと頷いた嬢ちゃんは重い息を吐いてペットボトルの飲み物を一気に半分くらいまで飲んでから「角名くんは」と小さな声で呟くがまた止まってしまう。膝の上に置いたペットボトルを指で転がしながら、数秒の沈黙の後続きの言葉を紡ぎ出した。


「スカウト受けて稲荷崎に来たけど、それも結構悩んでたんですよね」

「そうなん?」

「…愛知の強豪に入るかこっちにくるかどうかで悩んでたっぽくて」

「親御さんとも離れるしなぁ」

「それもあるんですけど」


日が落ちてしまった辺りはもう暗くて、街灯がチカチカと光りはじめた。隣で俯く嬢ちゃんは人工的なその光を頭に浴びるが、顔を伏せとるせいでどんな表情をしとるかはわからん。「ゆっくりでええよ」と声をかけると首を縦に振って返事をした嬢ちゃんが小さく息を吸って口を開いた。


「角名くんはバレーが好きなんです。見てればわかると思うんですけど。わざわざ地元離れてこんな所まで来るんだもん、好きじゃないわけがないんですよ」

「おん、それは俺もわかるで」

「でも周りが思ってる以上に実は自信がないっていうか、俺なんかがってきっとどこかで無意識に思ってるんですよ。角名くんのバレーは絶対にすごいのに、その凄さと強さを角名くん自身が気付いてないんです」


顔を上げた嬢ちゃんが街灯に照らされてキラキラと光る。弱々しい声とは裏腹に前を向くその眼差しは強くて、転がしとったペットボトルを握り直してゆっくりとこちらを向いた。


「角名くんのバレー、好きになってくれる人が現れてよかった。ありがとうございます」

「………俺か?」

「他に誰がいるんですか?」

「いや、まさかこんなところで急に感謝されるとは思っとらんくて」

「ふふ」


さっきまでの落ち込んどった顔がとたんに笑顔に変わる。気の利いた言葉も特にかけれんかったし、何がそんなに嬢ちゃんを笑顔にさせるかは正直今はよくわからんけど、とにかくいつもの明るくて楽しそうにしとる姿に戻ってよかった。

ぐっと伸びをするように手を伸ばしてそのままベンチから立ち上がった嬢ちゃんは「角名くんまだまだ悩んでるけど、だからこそ私はもっともっと角名くんに好きって伝えるの。おじさんも、そうしてね」と笑いながらその場でくるりと楽しそうに回った。引き止めてすみません、そろそろ行きましょうかとこちらに差し出された手を取ってゆっくり立ち上がる。ベンチはもちろん固いので、ちょっと座っとっただけでもおじさんの腰はバキバキや。

ゴキゴキと腰を鳴らしながら痛たたたと小さく唸るとそれを見た嬢ちゃんが「ヤバい」と言いながらケラケラと笑う。嬢ちゃんもあと何十年かすればこんな体になるんやぞと笑い返せば「めっちゃ嫌」と顔を歪ませた。


「ね、今度また角名くんと3人でお話しよーね」


俺なんかはもうこの時間になれば目は霞むし、一日フルで活動すると全身筋肉痛ばりに次の日の体が大変になる。でも嬢ちゃんがそんなになるんはまだまだ先のことやから、今はそんな体の心配なんかなんもせんで良え。俺が体調とか健康とか仕事とか保健とかに悩むのと同じように、嬢ちゃんや倫太郎くらいの子らには年相応の悩みがたくさんたくさんあって、まだまだ短い人生で初めてぶち当たるたくさんの事に頭を悩ませて日々を生きとる。


「倫太郎とそんな気軽にお話なんて出来んわ」


わははと大きく笑ったら同じように嬢ちゃんも笑った。スキップをしながら軽そうに駆けてって少し先で振り返る。「遅いですよー!」と急かす声に釣られてたった数十メートル走っただけでゼェハァと息が上がる俺を見て面白そうにさらに笑う嬢ちゃんの気持ちがちょっとでも晴れればええと思った。


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