ああだこうだゴシップはびこる諸説

暑い。疲れた。もう休みたい。こんな真夏に合宿なんてやるんもんじゃないと思う。いくら森然高校が涼しいからと言って、他の場所と比べれば多少ってくらいだ。でも今回は烏野がこの夏合宿にも新しく参加してるし、翔陽がいるからいつもよりはほんの少しだけ楽しみにしてた。埼玉なのにスカイツリーと東京タワーがどこか聞いてきた時は驚いたけど。

森然についてすぐにスタートした練習。この合宿は練習試合のものを何回もひたすらやっていく実戦形式。さすがに何試合かこなした今は体力的にも精神的にも少し辛い。


「もうすぐ俺らの番だからそろそろ戻ってこいよー」

「うん」


いつもの様に体育館の外の木陰で涼む。ゲームとゲームの間の束の間の時間、こんな少しの時間なら別に中の風通りの良いドア付近とかで休めば良かった。だけど今日はわざわざここまで来てしまった。

次の対戦相手は梟谷。なんだか今日は変に視線を感じるというか、よくわかんないけど会った時から変な空気感を感じていた。別に何もされてないし、もしかしたら勘違いなのかもしれないけど、朝も練習も休憩の時の時も変に目が合うというか。なんとなく居心地が悪い。クロもそれに気づいたらしくてお前なんかしたか?とさっき声かけられたけど、特に何もしてないからほんとにわかんない。

木兎さんはわかりやすいから何か聞けるかもしれないと思ってたけど、他の人達からガードされているのかなかなか近づかせてくれない。

どうでもいいけど、地味にイライラする。


「孤爪、よろしく」

「さっきも試合したじゃん」


これが終わったら今日の練習はおしまい。最後だからかさっきまでよりも少しだけみんな元気だ。クロと木兎さんがいつも通りうるさくしながら試合は進んでいく。おれもいつも通りこなしていく。集中力は高い方だと思うけど、それでもこの暑さと練習量が続く中では、さすがにいつもより集中仕切れてないなということは自分でも感じとっていた。


「もっと体力つけろ研磨!」

「うるさい、虎たちが異常なだけ」

「今、少しだけ低かった」

「ごめん」


あと少し。あと少しだ。今はおれたちが少し優勢だけど相手は梟谷だし油断はできない。集中力しなきゃ。朝から知らず知らずのうちに溜まっていたイライラと、暑さと疲れで何となく調子が悪い。思い込みかもしれないけど。

今日は福永の調子が良い。リエーフはまだまだ下手だけど、上手く使えば梟谷にもあの高さは有効。あっちは木兎さんが先程の森然との試合で何かしたらしくて調子が悪そう。

これが終われば今日は終わりなんだから、なるべく早く終わらせて休憩したい。コートを軽く目線だけで見渡して、肺に残った空気を一度吐き出す。そんな時だった。


「木兎さん、もっとバイブス上げていきましょう」


赤葦ってそんな言葉使うようなキャラだっけ。ギョッとした目で赤葦を見るのはおれたち音駒だけではなくて、梟谷の仲間たちですら、驚きというか、ハ?とでも言うような顔で赤葦を見ている。


「…バイブス???」

「もっとテンションウェイにしてこーってことです」

「それならわかる!っしゃー黒尾見てろ!次は決める!あかーし次も俺にちょうだい!!」

「了解道中膝栗毛」


クロですら「お、おう」と歯切れの悪い返事をしている。かなりローテンションな赤葦のどの口がバイブスとかウェイとか言ってんだろ。もしかしたら赤葦もこの合宿で早くも疲れを見せてるのかもしれない。

ラリーが始まればみんなすぐにさっきの赤葦は忘れてそっちに集中する。打ってレシーブして繋いでをり返して
長いラリーを制したのは、先程決めると宣言した通りに木兎さんの1発だった。今日はなかなか入ってなかったストレートをブロックを抜いて叩き込んでる。あー、木兎さんのスイッチ入っちゃった気がする。面倒くさい。


「今のストレートよいちょまるですよ」

「んー!よくわかんねーけど!テンションのってきたー!」


…おかしい。よいちょまるって赤葦が使う?というかさっきまでそんなような事言う感じじゃなかったのに急におかしい。そんな言葉使ってるの館さんのあのうるさい友達たちしか知らない。


「孤爪、もしかして集中力切れてきた?」


ネット越しに話しかけられる。感情の読み取れない無表情といつも通りの落ち着いた口調から、その真意は見えない。


「やばたにえんじゃん」

「………きもちわるい」


なんか、なんか嫌な予感がする。ジワっと胸の中に広がる得体の知れない気持ち悪さに顔を歪めると、可笑しそうに赤葦が口角だけをあげる。それにもまたなんとも言えないイライラが募ってきて気分が悪い。


「あっちいって」


くるりと振り返って自分の位置へと戻っていた赤葦は、パンっと1度手を叩いて「最後なんでもっとパリピっていきましょう」と明らかに場違いな言葉を言い放つ。それに何かに気づいた木葉くんが「ウェーイ!あげみざわでいくぞお前らー!」と叫べば何やら呆れたような、楽しそうな、そんな感じで返事を返していく梟谷のみんなは、どう考えたって悪ノリの連鎖でなんだかムズムズした。


「なになに〜お前ら何かあったの?」

「黒尾!お前なんで言ってくれなかったんだよ!」

「はぁ?俺が何」

「ちょ、木兎やめろこっちこいサーブするぞ!」


ラリーが始まればどんな状態でもボールを繋がなければいけない。たくさん考えなきゃ行けないのに、いろんなものに邪魔されてクリアじゃない頭の中は、普段感じないような雑音が混じっているように集中力を乱していく。

そのまま試合は進んでいって、優勢だったはずの俺たちはいつの間にか逆転されて負けた。ただでさえ疲れているのに敗者恒例のペナルティまでやるなんて最悪だ。

全てを終わらせて、ヘトヘトになりながら体育館の隅に座って体を休める。みんなは自主練をするみたいだけど俺はさっさと休みたい。暑くてTシャツでパタパタと仰いでいると、そっと頭の上に影ができる。ゆっくりと顔を上げると、そこにいた人物、赤葦はおれの隣へと腰を下ろした。


「お疲れ様」

「……………」

「なんか警戒してる?」

「さっきのあれなに、気持ち悪いやつ」

「気持ち悪くはないよ、孤爪は聞き慣れてるでしょ」

「あんな言葉使ってる人とかほとんど知らないよ」


面倒くさい。早くどっか行かないかな。日が落ちて少しは涼しくなったとはいえ、汗は絶えず流れてくる。暫くそうしていても赤葦は一向にどく気配がないので、しびれを切らしてもう行こうと立とうとすると、そのタイミングを待っていたかのように「ねぇ」と話しかけられた。


「さっきの最後の試合、孤爪にしては珍しく集中切れてたよね」

「……赤葦のせいじゃん」

「俺のせいにしないで欲しいな」

「じゃあなに?なんでいきなりあんな気持ち悪い言葉使ってたの」

「気持ち悪いって、実際に使ってる人達に失礼だよ、孤爪の周りにもいるでしょ」

「だからって赤葦が使うのは違和感しかなくて気持ち悪いよ」

「そんなこと言われたらぴえんだよ」

「…………ほんとに頭おかしくなったんじゃない」

「悲しみなんですけど」

「 …………」

「孤爪の彼女も使うでしょ?」

「…………………は?」


は?心の中で思ったつもりが思い切り声として出てしまった。彼女?って館さんのこと?館さんは別にそういう言葉は使わないけど、見た目的には使ってそう。

待って、そもそもなんで赤葦が俺に彼女いること知ってるの。おれはもちろん何も言っていない。クロだってさすがに他校には言いふらさないだろう。他にもわざわざ学校外の人にそれを言う人はいないと思う。なのに、なんで。


「言っちゃ悪いけど孤爪があんな正反対の人と付き合ってるって知って正直驚いたよ、卍じゃん」

「…………なんで知ってるの」

「話聞いてる限り凄い良い彼ピッピしてるみたいだし」

「ちょっと、赤葦、答えて」

「うん、予想通りの反応ありがとう。いいよ。面白い話聞いちゃったから一回くらい揶揄ってやろうと思っただけだから」

「はぁ?」

「ひそかさん、俺たちが部活帰りにたまに行く定食屋でバイトしてるんだよね」

「…………つまり、もしかして梟谷みんな知ってるの」

「うん。この前彼氏の話してて、俺たちもそれが孤爪だって最初はわからなかったんだけど、音駒のバレー部だっていうから」

「…………………最悪」


最悪。なんでこうも運が悪いんだ。というか梟谷の人達が通う定食屋でたまたまバイトしてるってどのくらいの確率?下手なゲームのバグよりも確率低い。渋い設定のガチャのUR確率よりも低い。


「…なんて言ってた」

「ひそかさんはかっこいいとか、すてきだとか、ひたすらそれしか言ってなかったよ」

「…そう」

「あとちゅーする時に髪を耳にかけるの好きって、良かったね」

「は?!そんなこと言ってたの!?ありえないんだけど!」


にこにこ。珍しく読めない笑顔を浮かべながら、孤爪がそんなに取り乱してるの貴重で面白いななんて笑う。嫌なやつ。「もういいからどっか行って」と手で追い払うと、ははっと笑って「木兎さんたちも待ってるしね」と自主練へと向かっていった。


「……ほんとにありえない」


ありえない。なんでなんだ。最悪すぎる。梟谷みんなでよく行くってことは、きっとみんな館さんの存在も、この話も知ってるんだろうな。イライラするしモヤモヤする。早くお風呂はいって寝よ。でもその前に文句のひとつでも言ってやらなきゃ気が済まない。

iPhoneで時間を確認して、ハァとため息をついた。この時間なら色々済ませてからでもそんなに遅くはならないはずだ。とりあえず、部屋に向かいながらLINEを開いて目的の名前を探し出す。見つけたトークルームに『起きてて』と一言だけ送ってすぐにポケットへとしまう。直後に鳴った通知音は、きっとそれに対しての館さんからの返事だろう。

だけど見てあげない。未読は嫌って言ってたけど、おれは今怒ってるんだ。


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