こっち来い研磨!という大きな声と共に連行された。こうなるだろうと今日は覚悟してた。今日も空いている館さんの席。そこにいつも通り集まった三人は、この前よりも少しピリッとした空気を纏っている。
「この土日の間に何があった!!」
「…………」
「ひそかは風邪ぶり返した以外には何も教えてくれないけど、絶対何か変だよ」
「原因はわかんないけど研磨が関わってることだけはわかる」
「……その点に関しては、今回はあやまる」
土曜日にあったことを一通り話した。隠そうとしても多分しつこいし、いずれきっとバレるし。おれが館さんに冷たいこと言ったりとか、勝手したこと。ちゃんと全部話して彼女たちの反応を伺う。怒られるだろうな。でも、それも仕方がない。
そんなことを考えていたのに、彼女たちはおれの話を聞いてからずっと腕を組んでウーンと唸っているだけだった。
「……研磨の言い方も良くはなかったかもしれないけど、ひそかも悪くないわけじゃないからな」
「どっちも言葉が足りてないんだよねー」
「私も研磨だけが特別悪くはないと思う!!でも嫌いって言ったのはダメだと思う」
「きらいとは言ってない」
「あれ?そっか」
早々に食べ終わった弁当箱をしまって、今日もまたどこからかお菓子を取り出した彼女たちが「研磨も食べなー」と差し出してくる。それを素直に一個もらって口に含んだ。この間とは違う味のチョコレートが舌の上でコロコロと転がる。
「研磨も可愛いとこあんじゃん」
「何それ、きもちわるい」
「気持ち悪いってなんだよ!!」
「そのまんまだよ」
彼女たちはおれのその言葉も元気に笑い飛ばす。館さんの友達だからってどこまで言っていいのかはわからないけど、それでもこうして距離感を図るのに慣れていないおれでも気にせずにいてくれるのは、少しだけありがたい。
「それにしても意外だよ。ひそかの方がこだわりそうなのに、研磨の方が意識してるなんてさ」
「年間スケジュールよりも、研磨のスケジュールの方があの子にとっては大事だからね〜」
「研磨もいつまでも拗ねてないではっきりひそかに一緒にいたいって言えよ」
次々と浴びせられるその言葉たちに思わず目を開いた。何言ってんの。でも、言い返す言葉が出てこないのは、どこかで図星だと自分でも確信してしまったからだろうか。
気がつきたくなくて考えないようにしていたけど、もうとっくに頭のどこかでは気がついてた。館さんならきっとこう言ってくるだろうと、勝手に予想して期待していたのはおれの方で、結果そうならなかった事に拗ねていたというか、残念がっていること。
ださくて、恥ずかしい。何よりすごくかっこわるい。自分の心の中に潜めている感情をうまく表に出せなくて、素直に言い出せなくて、気がついて欲しいのに気づいてくれない館さんにまた勝手に拗ねてを繰り返して、あんなことまで言ってしまった。全部全部、ださくて自分勝手でかっこわるい。
長いため息を吐きながらクタクタと机に突っ伏したおれを見て三人が笑う。記念に撮っておこうと言われても、やめてとも言う気力が今はない。自分の不甲斐なさとダメさに押しつぶされて消えてしまいたい。三人にもかっこわるいと思われてんのかな。館さんはどう思うだろう。
「……もうだめ」
「ダメではねーだろ」
「ここからが勝負でしょ!」
「ひそかに素直に言ってみなよ、前に彼氏と喧嘩してた私にもそう言ってくれたじゃん」
ポンと肩を叩かれ励まされる。この人たちにこんなことを言われる日が来るなんて思わなかった。俺のかっこわるいところを見ても、この人たちは馬鹿にして笑ったりしない。この三人がそうだから、きっとひそかさんもそうなんだろうって、根拠はないのにそう思える。
「いいなぁ〜ひそかは、こんなことを彼氏に思ってもらえてて」
「よくはないでしょ」
「良いよ!!だって一緒に居たいのに居れなさそうだからって拗ねてくれるんだよ!?最高じゃん!!」
「どこが」
「やっぱ私も研磨と付き合いてぇよ」
「申し訳ないけど無理」
「なおがこんなにはっきりきっぱり振られたの地味に初じゃない」
「彼女が見てないところでのこういう会話はしっかり自分から否定しておかないとってか」
「入り込む隙がない〜」
「……もう一人にさせて」
机の上で溶け続けるおれにもう一度元気に笑いながら彼女たちは席を立った。きっともうすぐ昼休みも終わる。
館さんの風邪は大丈夫かな。土曜日はあんな別れ方をしたから、こっちからメッセージを送るのはなんだか気まずい。でも館さんの方から送るなんて、たぶんもっと気まずいと思う。
おれが動かなきゃどうにもならない。いつもいつも勢いに任せているように見えるけど、館さんは毎回勇気を出しておれにぶつかってきてくれてた。告白の時とか特に。おれも今回くらいは自分から動かないと。この状況でも彼女の出方をうかがっているままだなんて、それこそ格好がつかなすぎる。
「研磨ごめん、持ってっちゃってたわ」
その瞬間頭の上に何かが乗った。人のものを返すやり方としてこれはどうなの。おれの上半身を包み込んだ館さんがくれたブランケットは、もこもことしていてあたたかかった。
いつもいつも館さんはおれのことばかり考えてくれている。それは嬉しいことなのに。でもだからこそ溝が生まれてしまったのも事実。それを元に戻そうと努力もしないで、おれを見てるようでいて見てくれていないように思える、なんて馬鹿みたいな拗ねかたを自分勝手にした。そんなんじゃ修復できるはずがないのに。
この溝を埋めるにはもっと違うやり方をしなきゃならない。こっちからも、もっとはっきりと伝えなきゃいけない。
自分の本音。やってほしいこと。やらないでほしいこと。彼女に望むもの。おれに望まれるもの。
ハッキリ言ったらださいかもしれないけど、でもその気持ちを素直に伝えるよりも、伝えようとしてもいないのに伝わらないと嘆いて拗ねている方が、よっぽどださい事なのだと、今になってやっとおれは、ちゃんと理解ができている。
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