「う、お、うぐぅぅぅ」
「なにその気持ち悪い唸り声」
「こ、これが試合会場……!!!」
墨田区にある総合体育館。私なんかには縁もない場所だと思っていたそこに今日は朝から赴いている。体育館の前に立つ四本の幟を見て早くも感動が止まらない私を、怪しいものに向けるような目つきで見たなおピは、「さ、中入ろー!」なんて余裕そうに言いながら足を進めていく。
「待って待って!!写真撮りたい!!」
きゃっきゃと騒ぎながら音駒高校の幟の前で何枚もの写真を撮って、ついでに梟谷の幟も写真に収めた。後で木葉さんたちに送ってあげよう。中へと入って体育館の案内図を見ながら音駒の応援席はどこかを探す。シンプルな作りなのに、人がたくさんいるのと慣れないのとで見つけるのを手こずっていると、「それ音駒の制服よね!?」と透き通るような綺麗な声がして、思わずなおピと二人して後ろを振り返った。
「あなたたちも音駒の応援?」
「はい!」
「じゃあちょうどいいわ、一緒に向かいましょう!」
「良いんですか!」
「行き先は同じだもの」
やったー!よくわかんないけどめちゃくちゃ美人のお姉さんに連れらえて音駒の応援席へと一緒に向かう。歩きながらなおピも「スーパー美人……ウルトラ美人……」と小さな声で耳打ちをしてきた。悪いことは言ってないけれど、聞かれてたらちょっと恥ずかしいななんて思いながらもそれに同意をし、体育館の中へと入る。
「……人!!!」
「なにその感想、頭悪っ!」
ハハハと大声で笑ったなおピに、ここで止まってたら置いてかれちゃうよ!と声をかけて歩き続ける美人さんの後を早足で追った。
「あかねちゃーん!この子達も音駒の応援だって!」
「え!ほんと!?どうぞこちらへ!!」
小さな女の子に手招きをされて、言われるがままにそちらへと向かう。すでにフロアにいる孤爪くんがチラリと一瞬こちらを見たような気がして大きく手を振った。けれども残念ながらそれは無視されてしまいフイっと顔をそらされた。
たくさん練習は見てきたし、完璧だとはまだまだ言えないけれどルールもコツコツ勉強してきた。とはいえこういう大会についてはあまりよく分からないままなのに、私たちがこんなに良いポジションに立ってても大丈夫なのかな……なんて若干ドキドキしていると、「二人は誰の応援なの?」と美人のお姉さんが話しかけてきた。改めて見ると本当に本当に綺麗だ。モデルみたいに背も高いし。
「孤爪くんです!」
はっきりとそう答えたら、元気よく応援を始めていたあかねちゃんと呼ばれてた女の子がバッとこちらを見る。ジッと大きな瞳に真っ直ぐ捉えられて、思わずグッと口をつぐんでしまった。
じっくり見るとこの子は誰かに似ている気がする。誰だろう。お姉さんもさっきからずっと何かが引っかかっている。あかねちゃんとしばらくそうして見つめ合っていると、「なにしてんの」となおピがひょこっと顔を覗かせ私たちの様子を面白そうに一枚の写真に収めた。
「がんばれレーヴォチカー!」
「誰それそんな人いた?」
「いないはず……」
「レーボ…?」
「レーヴォチカ!」
「ってなに!?チョーカワイイ!!」
「リエーフの愛称よ」
「チョーカワイイ!!」
「!!!」
二人の会話を聞いてやっとピンときた。お姉さん、誰かに似ていると思っていたらリエーフくんだ!思わず「リエーフくんのお姉さんなんですか!?」と興奮気味に聞くと、ふふっと笑ったお姉さんは「うちのレーヴォチカをよろしくね」とものすごい可愛い顔で笑った。
す、凄い…!!お姉さんの周りがキラキラ光って見える……!!美人パワーだ!!リエーフくんもめっちゃくちゃにイケメンだけど、最近は一緒に騒いだりしすぎてちょっとそれを忘れかけてた。
「あははは!虎のやつなにしてんだ?」
いきなり手を叩いて笑ったなおピの視線の先には虎くん。なんだなんだと目を向ければ、ボゴッと頭にボールが当たっていた。うわぁ、あれ絶対痛い。可哀想。そして孤爪くんが虎くんに何かを言った。その言葉はここからじゃなにも聞こえないけれど、その表情はここからでもしっかりとわかる。
うっっっっっ……なに今の!?!?かっっっっこよすぎじゃない!?!?
視力良くてよかった!!思わず口元を両手で押さえながら言葉を詰まらせていると、きっと孤爪くんに何かを言われて怒っているのであろう騒ぐ虎くんを見たあかねちゃんが「……何してんだろお兄ちゃん」と呟きながら額を押さえた。
「お兄ちゃん!?」
「あ〜!だれかに似てるなぁと思ってたら虎か!」
言われてみると確かに目元とかそっくりだ。可愛い!なんでこんなに可愛い妹がいるって虎くんは教えてくれなかったんだろう!
「二人は研磨くんの応援に来たんでしょ?」
「うん!」
「もしかして、二人のどっちかが研磨くんの彼女!?」
「エッッ!!」
思わず声が裏返った。特別変なことを言われたわけでもないし、間違ってもないんだけどドキッとした!
「それは私じゃなくてこっち。な、ひそか」
「そ、そうです……」
「なんだそんなちっさい声!」
おかしそうにバシバシと背中を叩いてくるなおピに「だだだだって!初対面で私がまさか孤爪くんの彼女だとは思わなくない!?だからびっくりして!」とバクバクし続けている心臓に手を当てれば、「お兄ちゃんが前に研磨に彼女ができた、それもギャルのって家で嘆いてたんだよ」とその時を思い出しているのかあかねちゃんが呆れたように笑った。
「研磨くんにギャルの彼女って全然想像できなかったけど、今少しだけ喋ってなんか納得した!」
「ええ!」
「あ、選手たち整列するよ」
「っしゃー!研磨頑張れよー!!」
ざわざわと人の多い体育館。相手は私もよく知る梟谷のみんな。チアガールの応援を生で見るのも、全員がこんなにも熱くわいわいと盛り上がっている空間も初めてだ。音駒の応援席に座る人達が学校名を大きく叫ぶ。あかねちゃんの掛け声に合わせてしっかりと揃ったその声はガンガンと会場内に響き渡って、体の芯まで震わせた。
集まって輪になり真剣な顔つきになる選手のみんなは、前に孤爪くんが教えてくれたちょっと恥ずかしいと嘆いていた噂の掛け声をしているんだろうか。選手たちが一斉に顔を上げる。
その時孤爪くんと目があった気がした。たった一瞬、ほんの少しだけ上げられた口角にどくんと胸が高鳴る。もうこの際勘違いでも何でも構わないとぶんぶんと大きく手を振った。
すぐに孤爪くんは私に背を向けてコートへと歩き出してしまった。もちろん彼は私と同じように手を振り返してくれたりなんてことはしない。それでもあっちを向いてしまう直前、顔を上げて視線を合わせたその一瞬、孤爪くんの瞳が僅かに細められた。なんとも言えない気持ちがブワッと花が咲くように広がっていって全身を埋め尽くす。その場で両頬を押さえたまましばらく微動だに出来なかった。
コートに入ってしまえば選手たちはもう誰もこっちなんて気にしない。対戦相手にしっかりと向き合って、隣にいる仲間たちを気にかける。全神経をただ一つのボールに集中させながら。
春高東京都代表決定戦準決勝。私にとって初めての公式戦が幕を開けた。
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