真夏の光線

夏といえば、海!みんなで行こうと夏休み前に言っていたあの約束がついに実現した。一昨日孤爪くんたちの部活帰りにみんなで選んだ水着に袖を通して、高い位置で括ったポニーテールの先をくるくると指で巻いて乱れたカールを整えれば準備万端。ひそか行くよー!と声がする方に慌てて駆け寄ると、そこにはビシッと気合を入れた三人が既にスタンバイしていた。


「ひそかの水着可愛いー!いいね、似合うよ」

「ありがとう、みんなも可愛いよ!」

「私はもう少しくらい露出あっても良かったと思うなぁ」

「でもそんなん選んだら研磨怒るじゃん!」


行こ行こー!と前を歩く三人の姿をひっそりと写真に残してグループトークに貼り付ける。ふわふわと揺れる水着のフリルスカートを揺らして、既に研磨くんたちが待っているだろう砂浜に四人で駆け出した。


「お前ら水着になるとマジでギャルって感じ」

「水着じゃなくてもギャルだわ」

「そうなんだけど、なんつーの?いつもの倍強い」

「それは言えてるー!黒センも筋肉イケてるよ」


ビニールシートの上に荷物を置いて体を伸ばすと、隣にいた孤爪くんがまだ何もしてないのに「暑い、溶ける」と言いながら砂浜に腰掛ける。何してんだ研磨!早く行こうぜ!となおピたちに引っ張られていく孤爪くんを黒尾先輩と後から追いかけながら、なっち達に勢いよく突き飛ばされて早々に全身を海に沈めた孤爪くんが怒って反撃するのを笑いながら眺めた。


「「「「………誰!?」」」」

「俺です」


追いついた黒尾先輩がギャハハと指を刺して既にびしょ濡れの孤爪くん達を笑うと、みんなで寄ってたかって黒尾先輩に飛びついて同じように海に沈ませる。いえーい!とみんながハイタッチをしたその時、「おい手加減しろ!」と立ち上がった先輩の姿を見て黙り込む一同。私含め四人揃ってポカンとした口を開けている様が面白かったのか珍しく孤爪くんもフーッと吹き出す。黒尾先輩は「なんだよ」と不思議そうにしながら水の滴る髪の毛を片手でガッと掻き上げた。


「いやいやいや、ほんとに誰だよ!」

「いきなり良い男風になるのやめて危ねぇ!」

「良い男風ってなんですか、常時良い男でしょうが」

「髪型だけで人ってこんなに変わるのか…!」


防水のケースに入れてしっかりと水濡れ対策をしたスマホで、なおピがお腹を抱えて笑いながら動画に黒尾先輩を収める。本当にびっくりするくらい別人になった黒尾先輩に「常にこれでいればめちゃモテますよ!」と言えば「じゃあ研磨にも常に濡れたままでいればモテるぞって言っとけ」とまだ笑いのツボから逃れられてない孤爪くんを指さした。

いや、いやいやヤメテ!実は直視しないようにって今までずっと頑張ってたのに!自分の名前が出てきたことでこちらを向いた孤爪くんと目が合う。普段から長い髪の毛が濡れたことでさらに主張されて、綺麗な金髪が水面みたいにキラキラと光に揺れながら毛先から水を滴らせていた。あぁやっぱり、目に良すぎて逆に毒!かっこよすぎてむしろ引く!


「こっち見ないで…!」

「えぇ…」


キャーキャーと水を掛け合いながら騒いでいる四人を横目にわたわたとしていると、バシャンと急な一撃を食らった。何!?かけたの誰!?と慌てて辺りを見渡せば、してやったりという顔をした孤爪くんがこちらを見ていた。


「ウッ………………!!」

「……あれ、水苦手な人?ごめ」

「孤爪ぐんかっごぃい好ぎっ!」


びしゃびしゃになるのは何も気にならない。海だし。でもキラキラ光る海よりももっともっと輝いていて、照りつける太陽よりももっともっと眩しい孤爪くんのあんな顔を見たら、どうしていいかわからずにおかしくなってしまう!叫びたい気持ちをぐっと堪えて全身に力を入れた。我慢!我慢して私っ!


「孤爪くん…!もう一回、もう一回私に水かけて…!!」

「え、やだ…………」

「なんでお願いっ!おねがいー!!」


なんでなんで!と飛びつこうと駆け寄るとヒョイっと器用に避けられた。勢いが止まらない私はそのまま見事に海にダイブして、「馬鹿じゃないの」と呆れた顔をした孤爪くんが私の腕を掴んで起き上がらせてくれる。うぅ、こんなにカッコイイ孤爪くんに触れてる!

私の腕を掴むその手をさらに掴んで、逃さないとばかりにしがみついて引き寄せるとバランスを崩した孤爪くんがバシャっと足元を乱してこちらへと少し傾いた。そのままの勢いでギューっと突進するように抱きつくと…………えっ。なに!?待って待って、なんか、いつもと違う!


「離れて!!」

「はぁ?そっちから来たのに何なの」

「だめだよ!だめ!」

「意味わかんないんだけど」


孤爪くんの言葉を最後まで聞くよりも先に「と、とりあえず私飲み物買ってくる!みんなもいるー!?」と離れたところで遊んでいる四人に声をかけると、コーラ!と元気よく全員が一斉に答える。孤爪くんも一緒でいいよね!と同意を得る前に走り出して、ここから少し距離のある海の家を目指した。


「待って」

「ぎゃあ!なんで付いてきてるの!」

「……今までに何回も逃げられてるから学習してるよ」


途端にさっきみたいにバクバクと激しくなる心臓が痛い。掴まれた腕を伝うようにして降りてきた指先が私のそれを包みこんでキュッと握る。驚いて足を止めた私を引っ張るようにして歩き出した孤爪くんが「六人分の飲み物運ぶの、一人じゃ重いでしょ」とこちらを見ずに言って、その優しさにまた心臓がギューッと締め付けられた気がした。


「なんで逃げたの」

「…………」

「黙ってちゃわからないんだけど」

「えっと……あの…………」

「なに」


人の少ない場所に来たところでバッと腕を広げる。疑問符を浮かべてこちらを見つめる孤爪くんに「さぁ来い!」と力強く身構え受け止める合図を出すと、意味がわからないと言うように近づいてきてそっと私の肩に手を置いた。


「いや向かい合うんじゃなくて!ハグ!ハグだよ!」

「こんなところで?」

「ここは人少ないから!誰も見てないから私たちなんて!」

「そういう問題じゃないんだけど」


なかなか同意を得られないから、強行突破だというようにグッと距離を縮めてその背中に腕を回す。ぴとっとくっついた孤爪くんの胸板はいつもよりもあったかくて、意外と硬くて、それで、それで…………。


「孤爪、くん……」

「なに?」

「や、やっぱり無理ぃぃ!」


ずるずるとその場に座り込めば、さらに不思議そうな顔をした孤爪くんが一緒になってしゃがみ込む。あぁもう今はこっち見ないで欲しい、恥ずかしくて顔も見れないし見られたくもない!「どうしたの」と眉間にシワを寄せた孤爪くんは、岩で少し影になっている場所まで私の腕を取って引っ張っていってさっきと同じようにしゃがみこんだ。


「あのね、孤爪くん」

「ん?」

「私たち、いっつも服着てるじゃん……」

「うん?うん」

「服、着てない孤爪くんに触るの、初めて、で、緊張する」


伝わる肌の温度とか、その感触とか、男の人にしては細い体とか、それでもやっぱり運動してるんだなってわかるような目立たないながらもしっかりついてる筋肉とか。全部全部ダイレクトにわかっちゃって恥ずかしい。そう言って孤爪くんの顔を見れば、少しだけ頬を染めながら「……何考えてんの」と小さく声を漏らすように呟いた。


「うわっ!」

「いいから大人しくしてて」

「でも!」

「そういうこと言われるとこっちまで恥ずかしくなる」


ギュッとさらに力を込められて密着度がさらに深まる。きっと私のこの心臓の爆音は丸聞こえだ。でも押し当てられた胸板からトクトクと聞こえる心音もなんだかいつもよりも早い気がする。そっと顔を上げると、「わかる?」とこちらを見た孤爪くんが少しだけ口を尖らせた。

と思ったら背中に回されていた手がするりと移動して私の腰に触れた。肌を這う指に背中がゾワっとして、その感覚に息を飲むと、ハァとため息を吐いた孤爪くんがガッと横腹を挟むように掴んでくる。


「うおあぁぁあ、ダメダメそれはだめ!お肉丸わかりだから!ちょっと!」

「何言ってんの。十分細いよ」

「え、ありがとう!じゃなくて!あの!」


確かめるように再度掴まれた。それをやめさせようとするもびくりともしない。失礼だけど弱そうなのに、ちゃんと力強いのなんなの!また好きになっちゃう!「孤爪くん〜っ…!」と抵抗しながら文句を言おうと見上げると、そのままぴとっと唇が重ねられる。それはたった一瞬で離れていってしまった。びっくりして固まる私の頬を、孤爪くんの髪から垂れた水滴が濡らす。直接触れ合った唇と肌がカッと一瞬で熱を持った。


「あのさ、言ってなかったけど、その水着、似合うよ」

「えっほんと!?」

「うん」


オフショルダーの薄いレースがふわりと風に浮いた。そんなことを言われるなんて思わなかったからすごくすごく嬉しい。じっくり選んだ甲斐があったなぁと口元を緩ませると、すっと片手を頬に伸ばした孤爪くんが唇をなぞるように親指を動かす。その動作がどことなくぎこちなくて、なんだか不思議な気分になった。


「今から言うことは、今日が終わったら忘れて」


ぽたっとまた水滴が落ちた。濡れた髪が束になって孤爪くんの顔に影を作る。


「今日はおれから絶対離れないで。あんまり目立つこともしないで」


耳元で静かに言われた言葉を理解する前にぐっと引き寄せられて孤爪くんの腕の中に再び収まる。騒ぐ心臓は孤爪くんの言葉のせいなのか、触れ合う肌の感覚のせいなのか、いつもとは違うシチュエーションのせいなのか、その全てなのかわからない。

わからないからもう考えるのはやめた。孤爪くんの胸におでこを預けて背中に腕を回す。首元に直接かかる息がくすぐったくて心地よかった。


「本音はクロでさえ見て欲しくない」


背中を伝ってするりと昇ってきた手のひらが私の両耳をそっと塞ぐ。不思議に思って顔を上げると孤爪くんがぱくぱくと小さく口を動かした。


「変に意識したくないから、あんまり可愛い反応するのもやめて」


ちゃんと聞き取りたいのに、耳を塞がれ続けているせいでボワボワとしていて何を言っていたのかは聞こえなかった。


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