程よく人がいる駅前のロータリーで、空いたベンチに腰かけながら連絡は来てないかなとスマホを取り出した。時刻は9時50分。待ち合わせの時間まではあと10分ある。何か飲み物とか買っておいた方がいいのかなぁとベンチから立とうとしたところで、頭上にフッと影ができた。
「孤爪くん!」
「早いね」
「でも私もさっき来たところだよ」
初めて外で待ち合わせた。いわゆるデートってやつだ。おうちじゃなくて外で!もう興奮しすぎて昨夜はなかなか寝られなくて大変だった。でも寝ないとメイクのノリも良くないしクマとか出来ちゃうから無理やり寝た!お外デートと言っても孤爪くんは午後から部活があるからお互い制服。夏休みなのに制服で会うの面白いねって笑ったら、服決めなくていいから楽でいいじゃんってあくび混じりに返されて孤爪くんらしいなって思った。
「どこいく?」
「暑いから、どっか入ろ」
午後になる前にはもう学校に向かわなきゃだしデートと言っても時間と行動範囲はとても限られてしまう。なので今日は前にバレー部のみんなと一緒にきた大きなショッピングモールに行くことにした。建物の中はクーラーが効いていてとても涼しい。
「何か見たいものある?」
「うーん……あっ!」
館内をうろうろしていたら目に入った有名なファストファッションのお店。普段あまりこういう店には私は入らないけど、ちょっと欲しいものがあるから孤爪くんを誘って入店した。
「館さんがこういう服きてるイメージ、あんまりない」
「確かにそんなに持ってない。部屋着とかはよく買う!」
「今日は何見るの」
「孤爪くんとお揃いの服!」
ウキウキわくわくと声高らかにそう伝えてみれば、「………は?」と言いながら孤爪くんは立ち止まってしまった。うわ、すっごい低い声出たよ孤爪くん!
くるりと後ろを振り向くと、本当に意味わかんないとでも言うような表情をしながら眉を寄せてこちらを見ている。多分孤爪くんはまた馬鹿なことを言ってるとか失礼な事を考えてるんだろうけど、何も喋ってないのにその表情だけで全部読み取れちゃうのはすごいなって思ったら少しだけ笑えてきた。
「ペアルック!したいよね?」
「したくない」
「え、なんで!?したくないの!?」
「逆になんでおれがしたいと思ってると思ってるの」
なんかショックだ。確かに孤爪くんがノリノリでペアルックしようとか言い出したら熱出したか疑っちゃうけど。それでもなんかゴリ押せば嫌々ながらも孤爪くんなら乗ってくれそうって思ってたから、本気で嫌そうな顔をしているのを見たら落ち込んでしまった。
でも落ち込んでいるのは孤爪くんにじゃなくて、無理やり押せば思い通りになると思っていた自分に対してだ。最近孤爪くんが優しいから調子に乗っていたのかもしれない。気を引き締めよう。私だって嫌なことされるのはたとえそれが孤爪くんでも嫌だし、そういうことだよね。
気を取り直してごめんねと謝る。「気軽に着ていけるTシャツとか一着くらい欲しいと思ってたから、選ぶの手伝って」と言ったら「うん」といつも通りの返事をした孤爪くんは先程と同じように私の隣へと並んだ。
「んー、柄あんまり無いシンプルなやつのほうがいいよね」
「気軽に着たいならそうじゃない」
「じゃあこの辺りかな〜」
数着手にとって次々の体へと当てていく。どれがいいと思う?と聞けば、これとその中でもいちばんシンプルなものを指さされた。うん、確かに孤爪くんはこのくらいシンプルなのが好きそう。
「じゃあこれにしよ!」
「何色にするの」
「えー、夏だから無難に白?」
「………白以外が良いと思う」
「じゃあ黒」
「うん」
これに決めてお会計しようと一枚それを手に取ると、スっと横から伸びてきた手が同じものをもう一枚取っていった。私にとっては少し大きいサイズのそれを不思議に思いながら見ていると「………同じやつ、着るんじゃないの」と気まずそうに目線を逸らして顔を歪めながら、少し頬を赤くした孤爪くんがボソッと呟いた。
「ほんとに!?着てくれるの!?」
「着なくてもいいなら、別にそれでもいいけど」
「着る!着てくださいお願いします!一緒に着たい!」
「………はやくレジ行こ」
手に持っていた私のTシャツも奪い取って、スタスタと早足でレジへと向かっていく孤爪くんを駆け足で追いかけた。並びながらニコニコとしていれば「顔がうるさい」と咎められる。それでさえも嬉しくて止められない顔のにやけを隠そうともせず孤爪くんに向けていれば、下唇を突き出してムッとしたままフイと顔をそらされてしまった。でもそれも全部照れ隠しだってもう私にはわかるから、その反応を見たらもっと嬉しくなっちゃった。
会計を済ませて鼻歌交じりにスキップをするように、買ったばかりの服が入っている袋を胸の前で抱えて歩いた。早々に袋をカバンの中へとしまった孤爪くんはそんな私を見ながら「そんなに嬉しい?」と若干引いたような顔つきで聞いてくる。あたりまえじゃん!嬉しいに決まってる!
「本当にお揃いで買ってくれるなんて思わなかったもん!」
「………だって、したいって、言ってたし」
「うん!ありがとう孤爪くん大好き!」
片やルンルン、片や黙り込んでいる二人が並んで歩く様は周りから見たらおかしく映るのか、通りすぎる人達がチラチラとこちらを見ていく。それに若干気まずさを感じたのか孤爪くんはそろそろ時間だから何か食べようと言ってレストラン街の方へと歩いていってしまった。軽くご飯を食べて、孤爪くんの部活の時間が近づいたので学校へと向かうべくショッピングモールを出た。
本当はそこで解散だったけど、少しでも一緒にいたいと昨夜電話で駄々をこねたおかげで学校まで一緒に向かえることになっている。ショッピングモールの周りは人が沢山いたけれど、少し離れると住宅街が広がっていて人もそんなにいない。ねぇ孤爪くん、と話しかけようとしたところで、チラッとこっちを向いた孤爪くんが左手を差し出してきた。
「…………」
「…………」
二人してその手を見つめながら黙り込めば、イラッとしたような孤爪くんが「何でわかんないの。繋がないなら早くそう言って」と恥ずかしそうな不機嫌そうな声で言い放つ。え、ほんとに!?繋いでいいのかな、でも違ったらどうしようと思ってたからまさかの事態に頭がついて行かない。だっていつも私が外でくっついたり腕組んだりすると離れてって言うから!
「いつもはみんながいるから」
私の心の中を読んだみたいな発言をする孤爪くんに驚いていると、館さんは表情で考えてることがバレバレだと呆れたように言われてしまう。「で、繋ぐの繋がないの」と再度若干キレ気味に確認された手を「繋がせていただきますっ!」と勢いよく両手で握りしめた。
「なんで両手なの、それじゃ握手なんだけど」
「だって!なんか、もったいない!」
「もったいないって何」
ふふっと控えめに笑いながら片方の手をそっと剥がした孤爪くんは、繋がれたままの私の右手と孤爪くんの左手を見た後、キュッと指と指を絡めるようにして繋ぎ直してそのまま歩き出した。うぇ、やばい、これ恋人繋ぎってやつだ!嬉しい!でもどうしよう手汗とかかかないかな!心配!
驚きと嬉しさと心配であわあわしながら引っ張られるようにして歩いていれば、そんな私の様子を見ていた孤爪くんが、耐えきれなくなったとでも言うように声を漏らして笑い出す。仕方ないじゃん!どうしていいかわかんないんだもん!
「自分から行く時は何の恥ずかしげもなさそうなのに、おれから行くと毎回あたふたしてる」
「おおお面白がってるでしょ孤爪くん!良くない!」
「おもしろいよ」
ははっと体を前のめりにさせて笑う孤爪くんの髪の毛がサラリと揺れて、可笑しそうに細められた目がこちらを向いた。
「でも、手繋ぎたいって言ったの、館さんだよ」
「えっ?私まだ言ってないよ!」
確かにあの時このまま手繋ぎたいなぁ〜って思って話しかけようとしたけど、話しかけようとしただけで先に孤爪くんが話し出したから私からは口には出していなかったはずだ。それともまた顔に出てた?手繋ぎたいんですけどって?恥ずかしすぎる!
「付き合って1週間くらいした時、館さん別れたくないって逃走したでしょ」
「あ〜……今思い出すとなかなか恥ずかしい…」
「あの時、言ってた」
休みの日にはデートしたいだとか、ペアルックがしたいだとか、いっぱい手を繋ぎたいとか、いろんなことを確かに孤爪くんに伝えた気がする。孤爪くんとやりたいこと、たくさんある。混乱した頭で訴えた内容なのに覚えててくれてたんだなぁって思ったらとっても嬉しくなった。
「孤爪くん好きっ!!」
「知ってる」
「ねぇ、もしかして初めて家に呼んでくれた時に映画のDVD貸りといてくれたのもそれ?」
「………知らない」
ふいっとそっぽを向いてしまったけど、頬がほんのり染まっているのを私は見逃さなかった。絡めた指先から伝わる体温が異常に熱いのは、きっと夏の暑さのせいじゃない。
恥ずかしいし本当にどうしていいか分からないし緊張するし手汗とか心配だけど、そんなのも全部頭から吹っ飛んでいっちゃうくらい嬉しくなった。やっぱり孤爪くんはカッコ良い。何だかんだでそうやって色んなことに付き合ってくれる孤爪くんは、私にはもったいないくらいの自慢の彼氏だ。
今日も孤爪くんが大大大好き!
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