「いらっしゃい」
のれんをくぐればザワつく店内でいそいそと忙しなく働く見知った顔がこちらを向く。とびきりの笑顔で迎えてくれるおにぎり宮の店主は「待ってたで」と言いながら予め用意してくれていた席へと私たちを案内した。
「やーっとくっついたんやなぁ」
「やっとって言っても、まだ再会して半年ちょっとだよ?」
「再会してからの期間はな。でもすえさんは高校の片思い期間あるし、北さんは卒業してからずっとやろ?やーーっとやん、長すぎですわ」
カウンター越しでおにぎりを握りながら大きく治くんが笑う。隣に座る信介が頷くのを見た治くんは、今日はたっぷりサービスせなあかんなぁと更に大きく笑った。
「すまんすまん、遅れた」
「アランくん!待っとったで〜!」
「久しぶり尾白くん」
「おう。言うてこの間治の結婚式で会っとるけどな」
少し遅れて到着した尾白くんが席に着くと同時に頼んでいた飲み物と食事が出てきて、治くんの仕事の出来っぷりに感心してしまう。3人揃って乾杯をして乾いた喉を一気に潤すと、「また潰れても知らんで」と非難の声が隣から飛んできた。
「信介がいるから酔っても大丈夫」
「お前なぁ」
「…………え、俺これツッこんでええんか?これツッコミ待ちやんな?」
「いったれアランくん」
「俺が知らんうちに名前呼びになっとる!とうとう付き合うたんか!?」
「結婚する」
「それは前にも聞いた!」
「実家に挨拶も済ませた、来週婚姻届出しに行く」
「へぇ〜ってマジな話なんかい!展開早すぎちゃう!?いつの間にどんだけ進んでんねん!」
いつかのようにダンっとテーブルに握りこぶしを強く打ち付けた尾白くんは、眉間にシワを寄せクッと奥歯をかみ締めながらも「おめでとう!まじで!おめでとう!」と大きな声で祝福してくれる。
ツッコみながら喜び噛み締めるアランくんめっちゃおもろいと笑いながら手を叩く治くんに、「ありがとな」と冷静に返している信介。みんながみんなバラバラなこの空間が面白くて思わず声を出して笑ってしまった。
「北、良かったなぁ…!!」
バシバシと信介の背中を叩きながら涙ぐむ尾白くんは、今日は飲むで!宴や!と勢いよくジョッキを煽る。スポーツマンなんやから管理はしっかりしろと信介に諭されながらも、こんな祝いの日くらいは誰も怒らんやろ!と追加の生を頼む姿をまた笑いながら見る。
「ありがとう尾白くん」
「滝川も…!良かったなぁ〜!お前らが夫婦とか…涙が出そうや」
「アランくん、もう出とるで涙」
「もう酔っとんのか」
「酔ってへんわ!嬉しいやろ、2人がついに一緒になるやなんて」
強くて大きな体に似合わず、グズグズと鼻をすすりながら涙を流す尾白くんは良かった、ほんまに良かったと祝福の言葉を止めない。そんな彼の様子を確認しながら、隣に座る信介を見ると、同じようにこちらを向いた信介はコクリと笑顔で頷いた。
頼み事があるんやけど。と信介が切り出せば、なんやまだ何かあるんかと鼻をかみながらこちらを振り向く尾白くん。治くんにもなんだけどねと続ければ、俺?と不思議そうな顔がこちらを向く。
「証人に、なって欲しいの」
「証人?」
「婚姻届の証人、お前ら2人に頼みたいねん」
そっと鞄から取り出した婚姻届を2人の前に置くと、静かにそれを見ていた尾白くんが俺でええんか?と驚いた様子で問いかけてくる。
信介か私の親にするかという案ももちろん出た。でも、あの時は付き合ったりはしていなかったにせよ私たち二人を高校生の時から一番近くで見てくれていたのは尾白くんで、きっと私たちの結婚の話をしたら心から喜んでくれるだろうという想像も容易く出来た。信頼できて、私たちをよく知っていて、心から尊敬出来る友人。純粋に、彼がいいと思った。
治くんは言わずもがな。私の片想いも、その結末もずっと知っていた。数年に渡る信介の気持ちも。そして私たちを再び引き合わせてくれたのは間違いなく彼だ。治くんがあの時ああしてくれていなければ、私たちは今ここにこうやって二人でいることはなかったかもしれないのだ。
この2人以上に、適役がいるとは思わない。
「お前ら以外に考えられん」
「私たちが一緒になる、その為の証人になって欲しいの」
隣を見上げれば、一瞬だけこちらを見て目を細めた信介が前を向いて「お願いします」と頭を下げた。私もそれに続けば、「頭、上げてください」と珍しく震える声を出した治くんに肩を叩かれる。尾白くんはやっと止まりかけていた涙を再度流しながら、勘弁せぇやとティッシュで目元を拭った。
ゆっくりと、2人の名前が書き込まれていく。空欄が全て埋まって完成された届けを見て、4人で笑い合った。
「私ね、もうみんなに会うことって無いのかなぁとか思ってたりもしたの」
「はぁ?そんなに冷たい人やったんすえさん!」
「角名くんの招待状届いた時も初めはちょっと迷ったし」
「それ聞いたら角名が拗ねんで」
「でも行ってよかった。あのタイミングでみんなに会ってたから、あの人と結婚破棄になった時にすんなりしのぶちゃんに連絡取れたし。きっと出席してなかったら、どうにかして一人でネカフェとか安いホテルで過ごしてたんだと思う」
「角名にも感謝やな」
「うん。治くんも、あと侑くんも。結婚に対してネガティブになってた私を前向きにさせてくれたのは2人だよ。治くん達が幸せそうに笑いあってるの見て私もあぁなりたいと思った」
「それは良かった」
「侑くん達見てたらうじうじしてるの嫌になった。銀島くんもビックリしながらとっても嬉しそうにしててさぁ、あぁやって誰かが喜んでくれるのいいなって思ったんだ」
「侑のあれは今思い出しても凄いよなぁ」
「尾白くんも赤木くんも大耳くんも、久しぶりに会った私に対しても昔と何も変わらず接してくれて、私ひとりで卑屈になって勝手に遠く感じてたの、馬鹿だなって思った。昔から変わらない仲間がそこにいるって、それだけで安心する」
全てが記入された婚姻届を掲げて、まじまじと見る。これを提出したら私と信介は本当に夫婦になれるんだ。私の隣に書かれた名前を愛しく思って指でなぞると、その指を上から包むようにして重なった信介の手がするりと用紙を奪って、同じように私の名前を撫でた。
「みんな、ありがとうな」
「お礼言われることなんて何もしてへんのやけど」
「ほんまですわ」
「お前らがいたから、俺とすえは今こうして居られるんやなぁ」
「稲荷崎のみんなには感謝しかないね」
食べかけだったおにぎりを手に取ってぱくりと口に入れる。丁度良い塩加減が美味しい。今年のお米はいつにも増して良い出来栄えだと信介も言っていた。おにぎりを頬張りながらふふっと笑みを零すと、尾白くんと信介も笑いながら残りのおにぎりにかじりつく。それを見た治くんは嬉しそうに目尻を下げて、次のおにぎりを握り始めた。
トンとテーブルの下で膝がぶつかって隣を見上げれば、最近よく見る柔らかい表情をする信介と目が合う。
「あいつらが、俺の仲間でよかったわ」
ワイワイと騒がしい店内でも、嬉しそうな信介の声ははっきりと鮮明に私の耳へと届いた。