12月25日。クリスマス。の、前日、24日。あともうすこしで日付が変わるという深夜。
こんな時間にもかかわらず家を出て、寒い寒いと二人で縮こまりながら駅前の小規模ではあるけれどしっかりと施されているイルミネーションを見にきた。どうしてこんな時間にと思うかもしれん。俺もそう思っとる。その答えはみなが人が多い時間帯は避けたいと許可してくれんかったから。
こんな暗い中俺に気付く奴なんて一般人じゃ早々居らんのに。そう言うとこの季節は風邪とかも色々あるんだよと怒られてしまった。それは、まぁ、そうやな。今も絶賛リーグ中の身やしと納得して、人がいないちょっとしたクリスマスムード漂う夜道を二人で歩く。
白い息を吐きながら、暗いショーウィンドウに飾られたクリスマス雑貨を楽しそうに眺めるみなの横顔を盗み見る。マフラーで顔が半分隠れてはいるが、いつも涼しげに感じる瞳が柔らかく細められて目尻に少し皺が寄っているのを見ると、みなはみなでこのデートと呼んで良えのかはわからん散歩のような時間を楽しんどるようで、俺も気付かぬうちに自然と目尻に皺を寄せていた。
「な、こっち来て」
「外でそんなにくっつくのはちょっと」
「え〜、周り誰も居らんやん」
「そういう油断が大敵なんだよ」
どんなにクリスマスムードが漂ってようが、見渡す限り俺らしか居なかろうが彼女の厳しさは変わることはない。拗ねたようにブーブーと口を尖らせ、なぁなぁと言い続けながら彼女の後ろを着いていく。
少し歩いたところにあるクリスマスツリーのような装飾の施された周りよりも少し大きな木の下でキョロキョロと辺りを見渡したみなが、いつまでもしつこく地味な抗議を続けとった俺に折れたのか、小さくため息を吐きながら「……少しだけなら良いよ」と渋りながらもオーケーを出した。
ええの!?なんて驚いたように明るく言ってみるけれど、こうなることは解っとった。みなは自分の意思がものすごい強いくせに俺に押されるのにはものすごく弱い。ニヤける口元を必死に押さえつけ、悟られないようにみなのそばに寄ってそっと肩を抱いた。
「せっかくやし一枚写真撮ろ」
「一瞬で撮ってね」
「そんな慌てなくてもほんまに誰も居らんって」
スマホのカメラを起動して、俺とみなとイルミネーションがしっかりと入る位置を探す。ギュッと抱き寄せた身体を俺に押し付け、されるがままになる彼女はこういうのにはあまり慣れとらんくて、そういうとこがいつまでも可愛えと思う。
どうせならほっぺたでもくっつけてやろうと、シャッターを押す寸前でコテンと首を傾げ、そのまま彼女の柔らかい頬に自分のそれを重ねるように上体を傾けた。
「っ痛ぁ!!」
「……っ、びっくりした……!」
あろうことか耳元で物凄い音を立てて爆発するように静電気が俺らを襲った。頬なんていう体のどこよりも痛いとこで、稲妻のバリッというかメリッという音に近いようなエグい音を放ったそれに思わず二人してお互いの体を突き飛ばし痛みに悶える。
勢いのままにシャッターを押してしまったスマホの画面には、かろうじて俺とみなだとわかるくらいの残像を残したブレブレの写真が表示されていた。
「見てみぃこの写真、傑作や!」
「全然笑えないよ。まだ痛いよ」
「さすがに今のデカいので完全放出したやろ。もっかいこっち来て」
「……くっつくのは嫌だ」
「もう大丈夫やて」
「いや、今日は……ちょっと遠慮しておく」
「完全にトラウマやん。そんなに静電気嫌いか!?」
無理矢理再度引き寄せようともどうにかして肌が触れないようにと抵抗される。俺は彼氏やぞ!そんなにあからさまに嫌がるな!わかりやすくシュンと項垂れ、諦めたように「じゃあもうくっつかんでええから写真だけは撮ろ」と静かに訴えれば、少し黙ったみなが「……うん」と小さく言って俺の方へと寄ってきた。そのまま腰に腕を回して、さっきみたく首を傾げて上体を傾け、ほっぺたをくっつけてみた。
「抵抗せんやん」
「……いいから、早く撮って」
「じゃあ一発で決められるようにとびきりの笑顔見せて」
そう言うと同時に、我慢しきれなくなってにやけそうになる顔を無理やりニッと笑って誤魔化した。画面を覗き込みながら柔らかく口角をあげたみなは、やっぱり俺の押しにはものすごく弱い。それが可愛え。ものすごく。
スマホに表示される時刻が日付が変わったことを知らせる。写真を撮るフリをして、シャッターボタンを長押しし、勝手に動画へと切り替えた。
くっつけとったほっぺたを素早く滑らせ唇を奪う。驚いたみなが俺の名前を呼ぼうとするのを制止するように深く合わせて、静かで冷たい空気の中に溶けるように二人、暗い空の下光り続けるイルミネーションの灯を浴びた。
「……怒った?」
ゆっくりふるふると首を振って、自らぽすんと顔を埋めるように飛び込んでくるみなを抱きとめる。彼女は何も言わんけど、ここから確認できる耳が真っ赤に染まっているのを見る限り、きっとそういうことなんやろう。
恥ずかしがりのみなの頭を抱え込んで、その林檎みたいな色した耳元に口を寄せて小さく呟く。ひっそりと静まり返る聖夜に、大切な彼女に何を伝えるかなんて、そんな言葉は決まって一つ。
俺の言葉をしっかりと捉えたあと、恐る恐る、しかしギュッと強く回された腕に満足して、もう一度耳元に口を寄せた。通行人もサンタもトナカイも誰も居らん。
二人きりのメリークリスマスを、俺だけが唯一彼女に降らせることが出来る。