割れんばかりの拍手と大歓声の中でガッツポーズを決める。興奮して沸き立つ観客の声でいっぱいになった体育館。その中心で喝采を浴びる。血が巡っとんのがわかる。ドクドクと高鳴る心臓のリズムが気持ちええ。


「どうやった、デビュー戦は」

「気持ちよかったです、侑さんのトス」

「試合の感想聞いとんのにそれかい。当たり前やろ」

「6年前に侑さんから言われた言葉思い出して、グァァってなりました」

「奇遇やな、俺もや」


一歩踏み出せばシューズが軋んでキュッと音を鳴らした。会場のどっかから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。その声の飛んでくる方向へ向かって手を振った。パチパチと鳴り止まない拍手と声援に囲まれながら息を整える。吸い込んだ空気が肺に入って、ものすごい勢いで駆け巡っている血液に酸素を送っていく。全身の筋肉が疼いて、その存在を強く強く主張しとる。


「宮選手!握手してほしいです!」

「もちろんええで〜」


元気良く腕を差し出す男の子の傍には、出張出店しとるサムの店の袋を持った母親だと思われる人が微笑んどった。ギュッとまだちっちゃくて柔らかい手のひらを両手で包み込む。キラキラしとる目で俺を見上げながら、「今日もすごかったです!ドーンって!サーブ!」と一生懸命に感想を伝えてくれるこの子の頭を撫でながら目線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「宮選手はどうしてそんなに強いの?」

「他の人よりもちょびっとだけたくさんバレーボール愛しとるからや」


バレーボールは好きか?と問えば、ぼくもバレー大好き!と顔をくしゃくしゃにしながら大きく笑った。そろそろ行くわよとの母親の声に、えー!と駄々をこねる男の子の頭をもう一度くしゃっと撫でて「君も俺みたいになれるで」と大きく手を振った。その姿が見えんくなるまで見送って、気持ちを落ち着かせるためにふぅと息をつく。心地良え緊張感に包まれとった体からスっと力が抜けていくのを感じる。

会場内の人もまばらになった頃、「宮選手」とやってきた人影に大きく目を見開いた。蚊の鳴くようなちっちゃい声は、人が少なくなってもまだザワザワと落ち着かない会場内では掻き消されて聞き逃してしまっても何もおかしくない。けどこの声を俺は絶対に聞き逃さん。何があっても絶対にこんな風に顔を出さんはずのこいつが恥ずかしそうな顔を俯かせながら目の前に立っとって、思わずこちらが緊張して背筋を伸ばした。


「え、なんで、おま」

「ふ、普通にしてて」


食い気味に慌てて、でも俺にしか聞こえんくらいの小さい声で話しかけてくるみなは、顔を真っ赤にして体を縮こませながら手を差し出してきた。ゆっくりと顔を上げて「宮選手、お疲れ様です。凄かったです」とあっけらかんと言い放つ様は流石とも言える。思わず少し笑いながら「ありがとうございます」なんて言ってその手を握りしめた。


「…………ちょっと宮くん、手、もう離して」

「ええやん少しくらい、周り今誰もいないし会話なんて聞こえん」

「でもせめて手は離して」


何でや、ええやんけこれくらいと思いながらも多分ここで離さんと後でめちゃくちゃに怒られるなと渋々その手を離した。「珍しいやん顔出すなんて。槍でも降るんか」と茶化せば「今まで見たどの試合よりも興奮しました。どうしても、この場所で伝えたくなって、ごめんなさい」とあくまでファンという姿勢を貫き通しながら謝るみなの肩をポスンと叩いて笑う。


「しっかり見とってくれてありがとう」

「いいえ」

「これからも応援してくれるん?」

「します」

「嬉しいなぁ」


じゃあ、それだけだからホントにこれで失礼しますとそそくさと逃げるように駆けて去っていってしまった。そんな後ろ姿を見て、今頃後悔と恥ずかしさでしんどくなっとるんやろなと考えながら俺もそろそろ戻ろとくるりと振り返った。


「ニヤけおって、キショいな」

「何やと。覗きなんてワルい趣味しとんな」

「んなとこでヘラヘラしとるからやろ、これやらんでもう帰ろかな思ったわ」


そう言いながら乱暴に渡されたビニール袋に入ったおにぎりを受け取る。礼を言って即座に一個取り出して口に含んだ。手ェ洗ってから食べろや、どんだけがっついてんねんと呆れられる。その言葉でやっとそうやわ、やってもうたと思い出したけど、もう過ぎたことやからとこれは最後まで食べることにした。

店で食う作りたてとは少し違って、ホカホカしとるわけやないけど冷めてても美味い。直前まで言い争いをしとったとしても美味いもんは美味いので自然と顔が綻ぶ。美味いしか言ってへんけどサムと違ってそこまで食に関してのレパートリーは無いからこれ以外の言葉は思いつかん。美味いと言いながらパクパクと食べ進める俺を見て早よ支度してからゆっくり食べろやと笑ってサムは店の方へと戻っていった。

控えのロッカールームへと歩きながら最後の一口を頬張る。ドアを開けるとミャーサムのおにぎり!とぼっくんと翔陽くんが駆け寄ってきて、ビニール袋の中から好きなもんを取って食べ始める。臣くんにも声をかけたけど知らん顔してそのまま支度を進めとった。


『お疲れ様、今シーズンも頑張ってね』


スマホを取り出して確認すれば、つい先程直接会いに来たっていうのに律儀にまたメッセージが入っとった。さっきのはファンとして、こっちは多分彼女として。少し砕けた文章的にそういう分け方なんやろなと解釈して、ユニフォームを脱ぐフリをしながらにやけた顔を隠した。

高校の時よりもだいぶ体ががっしりとした。あの時よりもたくさんの筋肉がついた。過去の言葉も、周りの声援も、仲間の応援も、ファンの期待も、尊敬も憧れも、後悔も悔しさも、喜びも成功も、一粒残さず食ってきた。

北さんの米で作ったサムの飯と一緒に、称賛も罵声も全部経験値に変えて俺ん中に蓄えて、昔も昨日も全部飲み込んでまた明日へと進んでいく。まだまだ、まだまだ過去なんかにはせん。

バレーボールの「思い出」なんか、一個もない。


「何一人で笑ってんだ」

「あれ、バレた?」

「きっもちわりぃ…」

「臣くんはほんまコトバのオブラート勉強して」


隠すことなく声を出して笑ったら、ドン引いたような顔をしながら臣くんに嫌味を言われた。いつもは何か言い返すけど今は何も気にならん。スマホのアプリを開いて通話ボタンを押す。たったの2コールで繋がったそれに耳を当てると、「もう終わったの?」と驚いたようなみなの声が聞こえた。


「な、ずっと見とって」

『何を?』

「俺」


進むべき道は自分で決める。勝ちも負けも興味ないみなは俺のことだけ見といてくれ。この選択が正解だったか間違いだったかは、くたばるときに解ればええ。その時初めて、今日のこの物語に題名をつける。過ぎ去った今を思い出すとき、そのときにやっと考えればええ。

全部全部明日に変えて、これでもかってくらいに筋肉をつける。爺ちゃんになってこの体がうまく動かんくなった時、隣で同じようにヨボヨボの婆ちゃんになったみなと、どうなるかは解らんけど孫とかがもしおったら、バレーボール教えながら二人で笑いあえたらええな。

いつかのそん時が来るまで筋力が衰えないように、バレーボールとみなを愛せるように、まだまだこの物語を完結させんように、ビニール袋の中に残っとったおにぎりをもう一つ開けて口に含んだ。



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