「なぁなぁ次の日曜空いとる?」
「…………なにかあるの?」
「試合見にこーへん?」
夕食も済ませて風呂も済ませて、二人してゴロゴロとしながらタイミングを見計らって日曜の予定を聞いた。本当は昨日からずっと聞いてみようと思っとったのにいまいちタイミングが掴めず、今日こそはと帰宅した時から話を切り出す瞬間をずっと伺っとったのに、結局今になってしまった。
「うーん」
自分から試合に誘ったことはない。けれど誘えばみななら来るやろ。そう思っとったから話を切り出すのに少しばかり勇気はいったが、口に出してしまえばこっちのもんやとたかを括っとった。
「いかない」
けれども予想に反して彼女の口から飛び出した言葉は否定的な言葉やった。何でや。せっかく地方やなくて近場で開催されるんやぞ。見に来てくれたってええやんか。
「チケットもうあるの?」
「まだ。けど言えば関係者席もらえるやろ」
「関係者席はいやだ…」
その後も嫌だ嫌だと断られてしまい、結局当日となってしまった。今朝はいつも通り「頑張ってね」と笑顔で送り出された。俺はこの玄関で送り出されるんやなくて、会場でそれを言って欲しかったのに。
「ツムツムなんか元気なくない!?」
「そんなことあらへん」
「みなちゃんと喧嘩でもした?」
「喧嘩やないけど」
「けど?」
「…俺の試合見に来てくれって誘ったんやけど断られた」
「えー!試合の時はツムツムもちゃんとマトモなのにもったいない!」
「試合の時"は"って何やねん!」
相変わらずなぼっくんは置いといて、集中力を高めるためにストレッチをしながらイメージトレーニングをする。確かにいつもよりは機嫌が悪いかもしれんし、断ったみなに少なからず苛つきや疑問を持ってはいるが、それでもそれを理由に試合中不調になったりなんてせん。
学生の時は自分自身の気持ちの上がり下がりがかなりプレーに影響した。サムにも北さんにもチームの他のみんなにも指摘されたし、自覚もあった。でも今の俺はもう学生やない。部活でバレーをしとるわけやなくて、飯を食うために、プロとしてバレーボールをしてるんや。そんな私情で調子は崩さん。
入場して試合が始まって、プレーの一つ一つに会場が湧く。今日はサーブの調子がいつも以上に良え。コートの中もよく見える。調子を崩すどころか、むしろ良かった。
「あれ!?」
一セット目を無事に取って2セット目。相手とは3点差が開いとってこのままの勢いでストレートで勝ちたい時のタイムアウト。会場を見渡しとったぼっくんが一点を見つめながら大きな声を出した。
「あれみなちゃんじゃない!?」
「あ?」
ほらあそこ!と彼の目線の先を追うと、確かに1階席の後ろから2列目の席に一人座っとるのはどうみてもみなやった。なんで?来ないって言っとったんに。
「あそこの席ってファンクラブで取った席だろ」
臣くんの指摘で思い出した。確かにあそこは会場の中でもコートがよう見えるような位置にあり、その辺りはVリーグのチームファンクラブで取った席が割り振られる場所や。
なんや、あんなに嫌やと断ったのはもうすでにチケットを持ってたからやったんか。ジャッカルのファンクラブに入っとんのが俺にバレたくなかったんか。それとももうチケットを持っとることを言いづらかったんか。みなのことやから何となく前者の理由な気がする。もしかしたら今までの試合とかも来たことがあったりしたんやろか。
まぁええか、今は別に。理由も何もかもとりあえず置いといて、見ててくれとるのなら今、この時、この瞬間、他の何も考えずに俺の一球一球を目に焼き付けて欲しい。
「見とれ、みな」
タイムアウト明けの俺のサーブ。サーブを打つ前にみなの方へと向かって指を指す。客席のみなは少しばかり目を見開いて辺りを見回したあと、再度緊張した面持ちでこちらを向いた。
『今日は宮選手のプレーが一段と良かったですね』
会場に取材に来ているアナウンサーが俺の話をしとるのが聞こえるが今は気付かんフリして無視や。インタビューに捕まらんうちにスマホで連絡をいれる。すぐに既読だけついて返信は来ない。それに少しイラッとしたが、きっとあいつのことやからバレてしまった恥ずかしさやらでぐるぐるしとるだけやろ。
一通りの取材やファンとの少しの交流を終えて、会場から少しばかり離れた場所にあるカフェへと顔を出せば、やっぱりそこにみなはおった。
「みな〜!」
「どこにファンの人達いるかわからないんだからもう少し静かにして!」
「お疲れ様とかかっこよかったでとか一言ないんか!」
ブーブーいいながら引きずられるようにして帰路に就く。もうだいぶ夜は冷えるのでみなは早めのマフラーを巻いとった。クイッとそれを後ろから引っ張れば、少しばかり不機嫌そうな顔がこちらを向く。
「そんな顔してどしたん」
「どしたん、じゃないよ。試合中にあんなことするから、ヒヤッとした」
あんなこと、とは。十中八九あのサーブ前の行動のことを指しとるんやろ。ええやんファンサ。独り占めやで?めちゃくちゃ貴重やん。
「ドキッとはしなかったん?」
「しないわけではないけど、ヒヤッとした気持ちの方が強かったよ」
「なんで?」
「あんなに目立つような行動して、私がバレたらどうするの」
「ええやん、次のシーズン終わったら世間にも結婚するって報告だそ」
「その前にバレたら大変だよってことが言いたいのに」
もー。そう言ってプリプリ怒りながら歩き出すみなに、何やそんな顔してとブー垂れながらついて行く。そっと後ろから揺れる手を掴むと、「だから、いつバレるか分からないんだから外では常に警戒してって言ってるじゃん」と手を払われてしまった。全くお堅い女や。
「また週刊誌載ることになっても知らないよ」
「あの時は…!相手が女優で付けられてたから撮られただけやん!俺単体で狙っとる記者なんかおるわけないやろ」
「何があるか分からないんだよ、SNSとかの拡散も今の時代怖いんだから。もっと自覚持ってよ」
「あーもう、めんどいなぁ!明日発表してもええんやでこっちは」
外でも普通にいちゃつかせてくれ。ダダを捏ねながら歩けばもう家は目の前。鍵を開けて家の中へと足を踏み入れれば、冷えた空気と床の冷たさにブルっと身震いをする。
「体冷やす前に、お風呂はいってきて」
「みなは一緒に入らへんの?」
「馬鹿言ってないで」
家の中でも外でも冷たいみなは相当不機嫌なようで、少し珍しさもある。なかなかこんなに機嫌が悪いことを表に出してはこないので、本来なら焦ったり悲しんだりするんやろうが、それとは逆に今の俺の心境はとても楽しい。
「なぁなぁ、なんで俺が試合見に来いいうの断ったん?」
「…チケット持ってたし」
「そんならそう言えば良かったやん」
「それ言うと、ファンクラブ入ってるのバレちゃうじゃん」
「やっぱりそれが本心か」
ニヤニヤと緩む表情をそちらへ向ければ、不機嫌そうやった顔を真っ赤にさせて俯かれてしまった。隠さんと顔上げて見せてや〜と絡むもやめてと冷たくあしらわれてしまう。
「今までもたまに試合見に来てたん?」
「…たまにって言うか、仕事が緊急で入った時以外はほとんど行ってる」
「マジで言うとんの?」
「私の部屋にあるブラックジャッカルのグッズとか試合の記録とか全部見たでしょ…」
「でも通販とかもあるやん」
「現地で見れるものはなるべく現地で見たいよ」
「えらい熱烈なファンやな」
「私は宮くんのこと好き。バレーを第一に考えてどんな時でも離さない宮くんも、そんな宮くんを創り出してくれてるバレーボール自体も、MSBYブラックジャッカルの宮選手も全部好きだよ」
「かっ…」
っこええな。思わず言葉につまる。俺の彼女は相変わらずカッコよくて、一途すぎる愛情を全力で向けられることに対して少しばかり恥ずかしさと悔しさがある。
本当は俺がカッコよくいてみなのことをキュンというよりギュンとさせて心臓奪ってやりたいのに、どう考えても毎回みなの方が一枚上手で俺の方が心臓を掴まれまくってしまっとる。
正直いくらみなでもバレーボールより大事かと言われれば素直にハイと即答はできん。バレーボールはみなと同じくらい大事なもので、みなはバレーボールと同じくらい好き。今までバレーボールが絶対一位の立場やった俺からすれば並ぶくらいと思える存在ができたことだけでもとても凄いことやと思う。
すでにプロポーズ済の相手に対してバレーと比べるのはとても失礼かもしれんけど、たぶんみなは俺のこの気持ちも全部わかってくれとるやろ。もしものもしもで俺がみなのためにバレーを捨てたり、力が入らなくなったりしよったら確実に怒られやろうし、そんな俺をみなは愛さないと思う。
「俺の世界はバレーで出来とる」
「知ってる」
「でもそんなバレーを頑張ろうと思える理由の大きなひとつに、お前がいる」
みなに嫌われたくない。いつだって俺を見てて欲しいし、好きでいて欲しい。俺と、俺のバレーを。
「好きな選手にそんなこと言われるなんて、ファンとして幸せすぎるね」
「彼女としては?」
「泣きそう」
ケラケラといつもの様に笑い声を響かせながら、トンと俺の胸元に体重を預ける彼女を見て、じんわりと胸に拡がっていく温かさを感じながら早く次の試合がしたいと思った。
「なぁ、俺がみなに気づいてからさらに調子良うなったのわかった?」
「…………うん」
「みなが見とるって思ったら、めちゃめちゃ力沸いてん。すごいで」
「プロだからバレーボールに私情は挟まないんじゃなかったの?」
「プラスのことは別や!調子崩すんは有り得んけど、良くなることはええやろ」
バレーボールをしとる時が幸せ。それを見てくれとるみながおったらもっと幸せ。俺は俺の幸せのために、やっぱり明日も頑張ろうと思えた。