「じゃあ、行ってきまーす!」
「ああ、気をつけてな」
 使いに出る娘を送り出し、私は肩をすくめた。
「やれやれ……何時までたっても子供だな」
 あれから十五年が経っていた。私はあの子を連れて逃げ続ける中、天文学の研究を重ねた。あの悪魔が、ダルタニアンに何らかの術を施したのは疑いようが無かった。だが、それが一体何なのか、私には見当がつかなかった。調べようにも、いまだ教会の力が根強いこの国で、悪魔の魔術について調べる事はリスクが大きかった。故に私はその答えを天文学に求めた。
 そして、十数年の時をかけ、ようやくその意味を知った。
 ダルタニアン――あの子は悪魔の呪物にされたのだ。
 私はあの子を愛していた。万が一私が守れなくなった時の事を考え、可能な限りの布石を打った。剣を教え体を鍛え、困難に遭っても折れぬ精神をもてるようにと心を鍛えた。ひとところに落ち着けない逃亡生活の中、友達も作れず、さぞ辛かっただろうに、あの子はすくすくと真っ直ぐに育った。
 少しそそっかしい所があるものの、今ではすっかり娘らしくなり、――親の贔屓目かもしれないが――何処に出しても恥ずかしくない、立派な淑女になった。もう、いつでも嫁に行ける。
「……いや。ずっとこのままでいい。ずっと私の子供のままで……」
 急にしんみりしだした自分自身に、私は苦笑して首を振った。
「さて、論文をまとめるとしようか」
 気持ちを切り替えるべく呟き、私は家の中へ戻った。
 ドアのノックを聞いたのは、それからしばらくしてのことだ。
「なんだ、ダルタニアン。忘れ物か?」
 そそっかしい我が子のはにかんだ笑顔を予想していた私は、ドアを開けた向こうに佇む人物を見て息を飲んだ。
 抜き身の剣の様な、銀髪の男がそこには佇んでいた。男は剣呑さを隠しもせず私の前に立ちはだかった。
「だ、誰だ……」
「私はシュバリエ学園の職員、ロシュフォール。貴様がカステルモールだな」
 その名を聞き、私は時が来たことを知った。
 あの日の悪魔の哄笑に、とうとう追いつかれたのだ。
 絶望を押し隠して、私は拳を握った。
 いや、まだだ。
 まだ間に合う。
 あの子を守る為ならば、私はなんでもしよう。
 銀髪の男は猶予を与え、私はすぐさま必要最低限のものを掻き集めた。彼はあの子の行き先までは知らないだろう。せめてあの子だけは、なんとか逃がしてやらなければ。
 再び、ドアがノックされた。
 詰めかけの鞄を奥に押しやり、私は息を詰めてドアを開けた。
「ご無沙汰しています。カステルモール先生」
 柔らかな声が耳を打った。
 天使は私に微笑まず、悪魔こそが微笑んだのだ。











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