Strawberry demanded that Death should help him.2



 見覚えのない天井が視界に入り、自分の状況がいまひとつ飲みこめない。ただ、頭の下はフワフワして、体の上には何かがのっていて暖かいということから、自分は布団の中で眠っていたのだということは理解できた。
 鉛のように重い体を何とか起こし、周囲を見回す。
 畳の部屋で、とくに何もなく、せいぜい自分ののる敷布団の傍らに、着ていたはずのマントが丁寧に畳まれて置いてあるくらいだ。
 俺、どうして…?
 寝ぼけているからか、あまり考える姿勢になろうとしていない脳を、無理矢理働かせる。
 自分は虚圏ではなく、どうしてここにいるのか…
 そこでハッとし、慌ててマントに手を伸ばした。体に羽織ったとき、襖が開く。
 あの、「朽木ルキア」という、死神だった。
「…目が覚めたか?」
 一護は勢いよく後ろへと下がり、困惑した様子でルキアを見つめた。
 マントを着ている彼を見て、眉根を寄せる。
「逃げようとしておったな? 貴様」
「ち、違げーよ!」
 思いもせぬ即答に、今度はルキアが困惑する。
 答えるにしても、それは「逃げようとした」「ここからいなくなろうとした」の、肯定の意のものであるだろうと思っていたのだ。
「では、何故マントを着ておるのだ?」
 言うべきか迷うように、彼は瞳を彷徨わせた。しかしすぐに妥協したようで、はっきりと言う。
「このマントは、現世以外の世界から霊圧を察知できねぇようにするもんだ。尸魂界から死神が大量に来たりしたら、さすがに分が悪いだろ。だからだよ」
 舌打ちし、俯く。
「っつっても、気を失ってた間、ずっと脱いでたんだから、手遅れだろうけどよ…」
 ルキアは一人、納得していた。
 前に一護は、ユウという少年の破面を引き連れて、かなりの霊圧のまま現世に現れた。しかし、彼女が九番隊隊舎牢に投獄されていたとき、檜佐木はこう言っていたのだ。

『だが奴の足取りは一切つかめてないんだろ? 技術開発局の霊圧探知にも、一応局の連中が注意して見てるらしいが引っかからないらしいしな』

 どうやらあれは、彼がマントを着ていたから、ということらしい。おかげで十二番隊の霊圧探知に引っかからなかったのだ。
「それならば、案ずるな。テッサイ殿が、尸魂界から貴様の霊圧を感知されぬよう、昨晩からこの辺一帯に結界を張ってくださっている」
 一護は眉間の皺を深める。
「何でテメェらが、そんなことすんだよ…」
 警戒心を滲ませる彼に、ルキアは呆れ顔だ。
「たわけが。何を警戒しておる。貴様を殺すなら、気絶しているうちにやっておるわ」
 一向に、二人の距離は縮まらない。心理的な意味でも、物理的な意味でもだ。
 ルキアが一歩、部屋に足を踏み入れると、一護も一歩、下がった。
 やはり、こうなると胸が痛む。彼の瞳には、今も自分はただの、敵である死神、という風にしか映っていない。
 と、そのとき。
 スターン! とルキアが開け切っていなかった襖を一気に横に押しやり、赤髪の隊首羽織を着た死神が、ズカズカと部屋に入ってきた。
「なっ…!?」
「よう! 一護!!!」
「れ、恋次! 貴様…!」
 そう、恋次である。
 彼は、唖然とする一護にお構いなしで近づいていき、その首に腕を回した。
 まだ記憶を取り戻していない一護は、攻撃だと勘違いしたのだろう。反射的に、斬魄刀の柄に手がのびる。が、
「何だよ! 意外と元気そうじゃねぇか!!」

 ――――おーす! 元気か、――!

「っつーかよ、いきなりテメェが現世に戻ってきて、すげぇ」
「やめろ!!!」
 斬魄刀を抜きはしなかったが、彼は恋次を強引に押しのけ、また後ろへと下がると壁にぶつかり、そのままズルズルと座り込んだ。息は切れて、肩でしている。
 一方、恋次は、一護に押しのけられて尻餅をついた体勢のまま、とくに文句も垂れず、先ほどとは打って変わり、静かに彼を見上げていた。
「………っ…くそ…」
 唇を噛み締め、辛そうに自らの頭をおさえる。
「悪い………」
 恋次の方を見ずに、ポツリと言う。そしてまた、
「………悪い……」
 繰り返し、そう謝罪した。だが、彼が一体何に対して謝っているのかは、分からなかった。


「莫迦者!!!!!」
 派手な怒声に、思わずその部屋にいた誰もが身を竦ませた。無論、その「莫迦者」である恋次も、顔を引き攣らせている。
「貴様は何を考えておるのだ! 一護にあのような振る舞いをしおって! このたわけが!!!」
「だ…だってよォ…」
 恋次は頭を掻く。
「記憶がねぇなら、前と同じようなことすりゃ、戻んじゃねぇかって思ってよ…」
 一応、彼は彼なりに考えて出た行動だったらしい。
 …結果は、大失敗だが。
「そうもいかぬ。昨日の夜も、私が“一護”と呼ぼうとすれば、先ほどの貴様と同じように“やめろ”と拒絶されたのだ」
 障子の方に目をやり、息を吐く。
「今の一護にとって、我々は『敵』で、まだ『知り合って間もない』存在なのだろう…もう少し、あやつには時間が必要だ。すっかり混乱しておるしな…」
 淋しいとは思う。すぐそこにいるのだから、何があったのか聞きたいし、いい加減、自分達が『敵』ではないことにくらいは気付いて欲しい。しかし、今の彼ではどうしようもなかった。
「…姐さん」
 ずっと黙っていたコンが立ち上がり、ピョイッとちゃぶ台の上に跳び乗る。
「どうした? コン」
 コンが、拳を握り締める。
「…さっき、言ってたことは……本当なのか?」
 りりんが、蔵人が、之芭が、顔を上げる。
 彼等も確認したかったらしい。
「一護に処刑命令が出たってのは…」
「ああ。……本当だ」
 すぐに、答えた。嘘をついてどうする。テッサイに無理を言って、結界を張ってもらった大きな理由だ。一護の霊圧が尸魂界の霊圧探知にかかれば、護廷十三隊は総出で彼を捕らえに来るに決まっている。そして処刑だ。それは絶対に避けなければならない、最悪の展開である。
 ルキアはコンから目をそらし、恋次も目を閉じた。
 酷すぎる。一護に助けられた尸魂界が、彼を処刑する権利など、本当に持ち合わせているのだろうか。
「……あたし、死神、嫌ーい」
 りりんが仏頂面のまま、しかし淋しそうに言う。
 蔵人と之芭は、困ったように顔を見合わせた。
「…………」
 コンは自分の首の後ろに手をやり、そこに引っかかっているものをとった。
 ライオンの、鬣が外れてしまっている、出来損ないのストラップだ。四年前、霊骸の事件があったとき、仲間として共に過ごした改造魂魄・九条望実の欲しがっていたもの。結局彼女は消滅してしまった。だけど、望実はこのストラップを見て、“ありがとう”と言ってくれたのだ。あのとき、コンは自分が無力であることを悔いた。一護やルキアのように戦う力も、護る力も何も無い自分を恨めしく思った。
 今回も、そうだった。自分は一護に救われた。だから、本来なら破棄の対象である改造魂魄の自分が、ここにいる。なのに、彼の処刑命令が決定したことを聞いて、それを悲しむことしか自分にはできない。
「ちっくしょうッ!!!」
 コンは、やり場の無い怒りをストラップにこめて、畳にたたきつけた。

   *   *   *

 雪がちらりちらりと降り、積もったその中へと入っていく。灰色の空から舞うそれは、妖精か何かではないかと錯覚してしまうほど美しい。
 ザクッと、雪を踏む音。
 周囲を見回して、何だか懐かしいような気持ちになる。
 ボロボロの小屋に目を留め、少し躊躇ったものの、その戸に手をかけ、開いた。
「…っ……」
 中には、ヒビの入った椀に草を入れ、磨り潰している銀髪の少年がおり、こちらに背を向けて座っていた。
 思わず目を見開き、息を呑む。やがて、彼の名を口にしようとしたとき、一人の少女が自分の脇をすり抜けていった。
『ギン、ギンっ!』
 はしゃぐ少女の声に、少年は振り向きもせず答える。
『おかえり、乱菊』
『ねぇ、ギン! 見て見て! そこでお花を見つけたのよ! 春よ、春!』
 幼い自分の手には、たしかに黄緑色の、花と思しきものが握られている。
 すっかり霜焼けになっている足や手の先を、とくに気にした様子もない。
『へぇ、そうなんや。けど、春はもうちょい先と違う?』
『もう〜! ちゃんと見なさいよ! ほら!』
 激しく肩をつかんで揺らされ、自分の作業に没頭するのは不可能であると考えたらしい幼いギンは、ひょいと振り返った。
 その顔に、乱菊は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
 彼は、幼い乱菊の持つものに目をやって、
『乱菊、それ、ふきのとうや』
『フキノトウ…?』
『うん。春の初めに出る植物。なるほどなぁ、たしかに、春が来てる言うのも、嘘やないらしい』
 雪、降ってるけどな。
 そう付け足して笑う彼は、どこか静かで。
『えへへー、あたしのお手柄よ!』
『うん。そやね』
 ヘラリ、と笑っているだけのはずなのに。
『ほんま、おおきにな。乱菊』
 そのとき、幼い自分はほんの僅かな瞬間、表情を失っていた。
 今思えば、自分はこのときから、ひょっとしたらギンはどこかへ行ってしまうのではと不安感を持っていたのかもしれない。
《あ〜あ…また、来てもうたん?》
「!?」
 慌てて後ろを向く。
 そこには、死覇装を着、その上に隊首羽織を纏った、三番隊隊長であったギンがいる。
 声が、出ない。
《あかんで。もう、来ちゃダメや。こないなところ、乱菊が来てええとこやない》
 ギンが踵を返し、歩き始める。
 乱菊は叫んだ。
「待って、ギン!!」
 去っていく彼の背に向けて、手を伸ばす。
「お願い! 待って! ギン!!!」
 泣きそうで、唇が震えた。

 ――――残念やなぁ もうちょっと 捕まっとっても良かったのに
 ――――さいなら 乱菊 ご免な

「行かないで!!!」


 目を覚ますと、自分はソファの上で体を横にしたまま、右手を伸ばして空を掴んでいた。
「……夢……?」
 ゆっくりと体を起こす。
(……なんで、今更…)
 目を細める。
(…ギン………)
何気なく時計に目をやると、一時間以上は普通に寝てしまっていたことが分かった。無論、仕事中の時間である。
 きっとイライラした様子で、デスクワークをこなしているのであろう隊長に声をかけようと、腰をひねって机の方に目をやった。
「…あら?」
 しかし、予想に反して、そこに日番谷の姿はなかった。さらに驚いたことに、いつもはこういったことがあっても書類は全て片付いているというに、今日はまだ未処理のものが山積みである。
「…隊長…?」
 視線を執務室内全体で巡らせたが、彼の姿は何処にもなかった。


 慣れている、いないの問題ではない。
 ただ、緊急時にはよくあることだと思い、仕方ないからそうしよう、といったところだ。つまり、何を言いたいのかといえば、この「自由」はいらない、ということ。
 …「帯刀許可」は、別にされたくもなかった。
(あー…めんどい…)
 そう考えるに留めている。「面倒臭い」の一言で現状を片付けないことには、例によってまた苛々して、どうにもならなくなるのだ。
(…でも、やるしかない)
 歩みは止めず、大股で歩いていく。
(やれるだけ、やるんだ)
 待雪草の髪飾りが揺れる。
 気を引き締め、どんどん歩く。しかし走りはしない。急く気持ちのまま動けば、失敗は多くなる。隊長位に上りつめるまでに学習したことだ。
 ふいに、気配を感じて足を止めた。
 無言でそのままでいると、前方に瞬歩で砕蜂が現れる。
「砕蜂隊長? どうしたんです?」
「何処へ行く? 瑠璃谷」
 彼女は答えず、問い返す。
 夜光が肩を竦めた。
「何処へ・って。何でそんなこと訊くんですか」
 砕蜂は険しい顔つきで口を開いた。
「いいから、答えろ」
「大霊書回廊ですよ。隊長格による使用は、一部を除いて可能ですから」
「何のために?」
「破面化の資料を少し。あの“黒崎一護”がおかれた状況を調べてみようかなって」
 スッと、彼女の瞳が剣呑に帯びる。
「奴の処刑命令を忘れたのか?」
「まさか。それで黒崎一護の弱点らしきものを見出そうってことですよ。彼は尸魂界を脅かす存在。殺して当然です」
 二人は互いを見つめる。
「…信じていいのだな」
 砕蜂が、確認するように言う。
 たしかに、夜光においては、死神であったときの一護との関わりがなく、わざわざ彼を助けようとか、そういう思考が働く可能性はないようには思う。
 夜光は再び歩き始め、彼女の横を通り過ぎる瞬間、
「ご自由に」
 いい加減な返答をした。

 砕蜂から離れ、歩く夜光の心臓は、破裂しそうなほど激しく動いていた。
 下唇を舐め、歩きつつも深呼吸をする。
(び………びっくりした……!)
 そっと、胸のところに手を添える。
(砕蜂隊長、やっぱ鋭い…! だから苦手だ、本当にっ…!)
 情けないことに、ルキアの脱獄に手を貸してから、彼女はちょっとしたことで跳ね上がるほど驚くようになった。今の砕蜂とのやりとりも、よくもまぁ平静を装えたものだと自分を褒めたい。
 そもそも、夜光はこれまで、命令違反らしいことをほとんどしていなかったのだ。あの、小虚が凶暴化した事件だけだった。そして久しぶりに犯したのは、重罪ものである、脱獄の手助け。ビクビクしているのも当たり前だが、それを隠すだけでも一苦労である。
(…とにかく。何でもいいから、見つけなきゃ)
 ルキアが必死になって捜し、恋次が処刑も厭わないほどの絆で結ばれている、「黒崎一護」。
(死神代行の処刑命令を覆す、何かしらのものを…!)
 夜光は、走り出した。


 線香の煙が、ゆっくりと波を打ちながら天井へと昇っていき、やがて霧散して空気に紛れていく。
 その背景に、一人の女が憂いをもった笑顔で写っている写真がある。ただの写真ではない。「遺影」というものだ。彼女はもう、随分と前に死んで、自分の前からいなくなってしまった。
「………」
 仏壇の前に無言で佇んでいた白哉は、亡き妻であり、ルキアの実の姉であった朽木緋真の遺影からは目をそらさず、徐に口を開く。
「…兄が我が朽木邸を訪れるとは珍しい」
 しかし、とくに驚いた様子はなかった。
「何の用だ?」
 くるりと振り向けば、日番谷は白哉から十歩ほど離れた、縁側に近いところに立っていた。
「…朽木ルキアが脱獄した」
「聞いている」
「それを手伝った馬鹿が、尸魂界にいる」
「だから、何だというのだ」
 本当に、凄い男だ。
 義妹が脱獄し、彼女の罪が重くなることは、真央霊術院の生徒でも分かること。しかし白哉は、心中穏やかではないだろうに、そういったことは表に出さない。淡々とした物言いには、舌を巻く。
「…あんたじゃねぇことは分かってる。当然、俺でもねぇ。今回は全く見当もつかない」
「………」
 そんなことを確認しに来たのか。
 彼は密かに溜息を吐くと、踵を返して改めて緋真の遺影に向かった。
「……朽木」
 日番谷が一歩、足を踏み出す。
 磨かれた床が、キュッと音を立てた。
「単刀直入に訊く。朽木の脱獄に手を貸した馬鹿は、本当に馬鹿なのか?」
 一瞬、勝手に体が反応を示し、ピクリと動いた。

 ――――…悪い……やっぱり、俺には分かんねぇや…

 ゆっくりと、もう一度振り向く。
 日番谷はやはりそこに立っていて、再び言った。
「命令に背くことは、愚かだと思うか?」

 ――――俺が…俺が、もし…あんたの立場だったとしても…

 白哉が、目を細める。
「…兄らしくもない問いだ」
 僅かに、彼の口角が上がっている。

 ――――やっぱり俺は、掟と戦うと思う

「……ふっ…」
 日番谷は肩を竦めると、白哉の顔を見る。
 線香の、僅かに甘いにおいが、鮮明になったような気がした。
「あんたに、頼みがある」
「何だ」
「できれば、急いで欲しい」
 毅然とした様子で、口を開いた。
「総隊長と直接、掛け合ってもらいたい」
 予想通りであったらしい。
 白哉は口許にまた笑みを浮かべる。
「成程」
 線香の煙は、相も変わらず波打っていた。

   *   *   *

 テッサイの張った結界は尸魂界からの霊圧探知に留まらず、現世での感知も容易に通りはしないほど強力だ。それゆえか、一護の霊圧を感じて、浦原商店に織姫や石田、チャド、夏梨、遊子、一心などが駆け込んでくる気配はなかった。幸いにも彼が現世に現れ、ルキア達に保護された時間は真夜中であり、皆は眠っていたため気付かなかったと思われる。
 夜一は再び、情報収集のため外に出ていて、雨とジン太は身分上、一応今は高校二年生と中学二年生なので、学校に行った。
 テッサイは結界に気を配りつつ商品の整理をしており、りりん、蔵人、之芭もそれを手伝っていて、コンは恋次とちゃぶ台に向かい合わせに座っている。実は二人は交代で、何度か一護とまともに会話をしようと部屋に入っていったのだが、「知らねぇ」「やめてくれ」「分かんねぇよ」などなど、愛想もなく返され、柄にもなく揃って凹んでいるらしい。もっとも恋次はブツブツと独り言ちているが、やはり怒りよりも悲しい気持ちが大きいようだ。
 ルキアは、緑茶の入った湯呑みと、餡子を上からかけた白玉がのった皿をお盆におき、それを持って襖に近づく。
「入るぞ」
 断ってから、開ける。
 マントを纏ったまま、布団の上で胡坐をかいていた一護は、ルキアを認めるや否や、掛け布団につんのめって転ぶなどと無様な姿を晒しつつ、一気に部屋の端まで逃げていった。
 どういうわけか彼は、ルキアを一番嫌がっているようだ。
「何だ、その態度は」
 不快そうに尋ねると、一護は険しい顔つきのまま、
「何でもねぇよ。何しに来た」
「腹が減ったのではと思ってな。見ろ、布袋(ほてい)屋の最高級白玉だ」
 そう言って部屋に入ると、お盆を置く。
 チラリと、一護を見た。
「…まだ何も、思い出さぬか?」
「思い出すも何も、まず、俺は破面だ」
 ルキアは眉間に皺を寄せた。
「お前等死神の、敵だ」
 自分に言い聞かせるように、紡いだ。
「違う」
 即座に返すと、一護は僅かな戸惑いの色を見せたが、すぐに気を取り直した。
「じゃあ、訊くぜ、朽木ルキア」
 恐ろしく他人行儀なその呼び名に、ルキアは自分の中のどこかに、穴が空いたような感覚を覚えた。
「テメェは、俺の何を知ってんだ?」
 言ってみろよ、と腹立たしげに促す。
「……貴様は…」
 目を閉じる。
 数え切れない思い出が、頭の中で流れる。
「本当に、莫迦者だ。そして」
 息を吸い、改めて、部屋の端にいる彼を、その瞳に映す。
「大事な、仲間だ」
 一護は眉を顰め、俯く。「またかよ…」と、口の中で呟いた。どういうわけか彼女は、自分のことを幾度も“仲間”と言う。自分がなんらかの記憶を失っていたとしても、さすがにそれはないだろうと思うが、どうもしっくりこない。
 しばしの沈黙。
 ところが、次の瞬間、彼が弾かれたように顔を上げた。かなり突然であったので、ルキアがたじろぐ。
「な、何だ…? どうしたのだ?」
 一護は天井を振り仰ぎ、目を見開く。息をごくりと、飲み込む。
 そして、うわごとのように、呟いた。
「………来る…!」




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